低線量放射線被曝と妊娠・出産: 補足
前項の注8に、コミュニケーションである以上、双方向性が担保される必要があると書きましたので、頂いたコメントや質問に答えて、続編も書くつもりでした。
しかし、この項目は、本当にいろいろ考えることがあり、書き始めては途中で止まり、追加しては、一部消してと、全然、進まず、結局、放置していました。しかし、この話を書かないと他のことも書けないし、二つの出来事で、ちょっと吹っ切れて、補足を書いて終わりにすることにしました。一つは、偶然、東尾理子さんのブログを読んで考えたこと。もう一つは、ある勉強会で、この話をしたところ、少し自信を持てたことです。東尾さんのブログには、いろいろな問題もあり、既に話題にもなっているのですが、ぼく自身は、比較的高く評価していますので、少しここに引用しておきます。
…82分の1の可能性って言われました。
…主人とゆっくり話した結果、受けない事にしました
前項を書いた後、いろいろな批判を頂きました。その中で、一番、きつかったのは、障害のある友人からのものです。別項で書きますが、ぼくは選択的中絶には批判的な意見ですし、そもそも、生命倫理を教えている人間が、日本の母体保護法に胎児規定がないことを知りながら、あのような意見を書くべきではないだろうというものです。しかし、職業的な医師として、患者からの相談を受ける場合には、自分の価値観を押し付けないようにしています。ですから、あのような説明になるのですが、ブログという半公的なところに、politically correct ではない意見を書くことは、倫理的ではないという指摘は甘受します。
というわけで、今年のゼミでは、ロングフルライフ訴訟を取り上げますので、そちらで、この部分は、まとめるつもりです。
さて、前項は、もちろん間違いがないよう書いたつもりです。また、誤解もされないように、長く書いたのですが、それでも、説明できないところもあります。読んだ人によって、疑問を持つ部分が異なるでしょう。やりとりをした結果、お互いにメリットがあるのがコミュニケーションです。というわけで、批判・疑問について、修正・補足・返答をします。
あと、長く書いている理由は、現状で、低線量放射線被曝による影響は、短い言葉で語れないと思っているからです。その意味で、前項に、「短くしか語れない」場であるツイッターに書かれた、お二人の先生のコメントを引き合いに出したことは、不適当だったと反省しています。
菊池先生と、早川先生には、謝罪して、前項は、追記として修正いたしました。すみません。
それから、ぼくの「立場」を明らかにせよ!みたいな質問もありました。ぼくは、個人的に書いているだけで、例えば、○○の基準を××にすべきだ、みたいな主張はありません。敢えて書けば、低線量放射線被曝について心配している人と一緒に、ネット上や出版物に、いろいろ出回っている情報を読んで、ぼくの医学知識や科学知識でわかる部分は解説して、判断の基準にしてもらえれば良いかなと考えています。そして、心配している人を対象にしている以上、解説は「危険」情報を主に対象にしています。
上に書いたように、ネットの良いのは、ぼくの考えの不十分な点を指摘してくれる人がいるので、一人で考えるよりも、より正しくなりそうだということや、誰でも意見を言えますので、多くの情報に触れられることですから、どんな意見も、なるべくバイアスをかけずに読んでいます。
それから、このような質問に対する答えは、単純化・一般化できないと、ぼくは考えているので、基本は1対1のやり取りを想定して書いていますが、上にも書いたように、半公的な場所で書くことは政治的であることも確かです。例えば、ぼくの説明には、「最初から障害を悪いものとしている」という、差別的な視線が入っているという批判があることは当然で、この点は、これだけで本が一冊かけるくらい、重要ですが、難しい論点です。このあたりは、秋の生命倫理のゼミの時にでも、別項目で書きます。
一人一人が異なる価値観と背景をもつ患者さんとコミュニケーションする時に、最初に書いたように、医師側が自分の価値観を押し付けたり、いわゆる「政治的に正しい」考え方のみで説明することは不適切だと考えています。ですから、リスクについても、ICRPと20倍とか50倍とか異なるリスク予測がある時に、それを全否定することはしません。ぼくが20倍とか50倍と考えているわけではないのです。
というのが、総論的な補足コメントで、もう少し各論的には、
1.リスクについて、妊娠中に被曝したことを想定して書いているようだけど、この質問の文脈だと、妊娠前に被曝してしまった高校生が、将来を心配しているのではないか?
→はい、これはその方向でも考えないといけませんね。妊娠前「だけ」の被曝なら、例えば、これまでの医療では、子どもでも必要ならレントゲンCT検査をしてきたわけです。その時には、もちろん、なるべく生殖腺への被曝は避けてきたわけですが、前項に書いた5mSv程度では影響が検出できないとされています(注1)。そのため、それは気にしなくて良いというのは当然と思ってしまいました。もしかしたら、菊池先生は、その意味で書いたのかしら?ただ、たとえそうであったとしても、福島に住み続けるのなら、今後も低線量でも他の地域よりは多い被曝は避けられません。ですから、そこに答えないと意味がないと思ったので、前項のように答えました。
というわけで、今後、妊娠した時に、福島に住み続けるかどうかについての質問だと理解して、解答しています。
2.女性しか想定していなくて、男性を想定していない。
→はい、確かにご指摘通りでした。ただ、「産めますか?」だったので…女性を考えれば良いかと…
男性についてのデータはあまりないです。男性の方が、精子の生殖能については放射線感受性が高いとされていると思いますが、長期影響などは、不勉強につき不明です。バンダジェフスキーさんの本にも、何も書いてなかったです。
3.外部被曝量が5mSv程度という見積もりは甘すぎる。
→ほとんどの場所では、これ以下ですが、ご指摘通り、一部の地域では、難しい場合もあるかもしれません。でも、その場合、例えば最初の1年で年間10mSv,2年目が5mSvなどと、自分で計算ができるはずです。そして、それを○○の中に入れて、なおかつ、ほぼ最悪だと言われている数字を入れて考えてもらう。それでも、許容範囲だというのが、ぼくの意見ですが、それでダメだと思えば、転居するしかないわけです。
4.内部被曝1mSv以下という見積もりも甘すぎる。
→これは、当然、食べ物の種類にもよりますが、前項に書いたように、食品の実測値でもかなり低いようですし、WBC(ホール・ボディ・カウンター)の測定結果も、いろいろ出始めています。ぼくが知っている情報の範囲では、注5に紹介した、田崎先生の見積もりでは、1mSvに到達しないと考えていました。ただ、ぼくが知らないだけかもしれませんので、もし、もっと悪い情報があるようでしたら、是非、教えて下さい。
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/slides/CsIntake.pdf
なお、簡易計算では、大人の場合、放射性セシウム30Bqを毎日毎日食べた時、体重あたり約60Bq/kgとなり、もともと体内に存在した放射性カリウムと、ほぼ同じ量になるそうです。前項にも書いたのですが、既に体の中に誰でもある量が何割か増える程度で、極端に危険が大きくなるというのは、「科学的な蓋然性」はとても低いと考えます。
5.内部被曝は1mSv以下だとしても、バンダジェフスキーの説によれば、20Bq/kgの内部被曝でも、心電図が異常になっているから、内部被曝なら、1mSvより小さくても、危ないんじゃないか?
→この心電図異常の話は、よく流れてきますし、彼の本も読みましたが、短く書けば、今回のぼくの説明は妊娠・出産についてで、その時のリスクには、そのようなものも全部ひっくるめて入っているので、ぼくが書いたのが「(それらも含めて)一番悪い見積もり」です。別のことに目を取られる必要はないということです。もちろん、心臓のことを心配してもかまいません。でも、それは別の形で心配して下さい。
→不安になると、いろいろなことが同時に心配になってしまいます。ただ、少し落ち着いて考えると、二つ心配な場合には、どちらも「許容限度内」と考えられるのなら、今の生活を続けられるし、どちらかが、耐えられないほどリスクが大きいのなら、逃げ出すべきということになります。
とりあえず、直接の質問や批判は、こんなところでした。いずれにせよ、もともと避けられないものなら仕方ないが、放射線による影響なら、どんなに小さくても嫌だ、という感情をもつことは、被害者なら当然だと思います。ただ、それを、そのまま行動に移すべきか、立ち止まって、天秤にかけてみるか、というと、後者の方が、良いかもしれなくて、天秤にかければ、「危険側の言説」を、ある程度信じたとしても、福島は充分住める場所だと、ぼく自身はみなしているということです。
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