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低線量放射線被曝と妊娠・出産:「わたしたちは子どもを産めますか」と福島の高校生に聞かれたら、

久しぶりに放射線障害について書きます。福島原発からの放射能の大量放出事故から1年経ち、放射線とつきあいながら暮らしていくことへの想像が少しはできるようになったからです。また、前項に書いたシンポジウムもきっかけです。

最近、「自分たちは子どもを産めますか?」という質問を、福島の若い人から尋ねられたらという話題がTwitterで流れ、こんなやり取りがありました。

大阪大学の菊池誠先生
https://twitter.com/#!/kikumaco/status/177411750369558528
「わたしたちは子どもを産めますか」と福島の高校生に聞かれたら、
心配ないと答えるのは大人としてのつとめでしょう。
「そんな心配をさせる原発が悪い」とか言ってる暇があるなら、
まずは子どもを絶望から救え。原発非難はそのあとだ

これに対して、群馬大学の早川由紀夫先生
https://twitter.com/#!/HayakawaYukio/statuses/177533668464660481
「わたしたちは子どもを産めますか」と福島の高校生に聞かれたら、
このままそこにいたら産めない体になるかもしれないと答えるのが大人としてのつとめでしょう。
「まずは子どもを絶望から救え」なんて言ってる暇があるなら、
さっさとそこから退去させろ。そこは危険地帯だ。

(追記:)
(以下の中で、2箇所を、とりあえず修正します。早川先生、すみませんでした。)
(文中で、相対リスクと絶対リスクが混在します。全体を読んで頂かないと、わかりにくい点、お許し下さい。)
(その他の質問、批判などについては、別稿で、お答えする予定です。)

ここで問われている「産めますか?」は、文脈的には「不妊症になりますか?」という意味ではなく、出産に対して放射線の悪影響がありますか?という意味でとらえるべきかと思います。以下はその解釈をした上での話です。また、いろいろな背景があっての一言ですから、これだけを切り出して批判するべきではありませんが、自分の意見を書く前提としてコメントしますと、菊池先生については、普段から他の発言を読んでいて、基本的な考え方は同意しています。ただ、「心配ない」と言い切って良いかどうかについて、ぼく自身は躊躇があります。140文字という短い文の中で無理に「言い切った」のが誤解を招きやすいかなと思います。以下に書くように、環境を改善しないといけない人は、今でもいると思います。早川先生については、いち早くホットスポットについての警鐘を鳴らしてきた点など功績を認めますが、福島から全員が退去するべきと読める点については同意できません。 (→「退去させろ」であって「退去するべき」ではないです。「全員」とは書いていないです。)、同意できない点があります。

ただ、これらの発言の内容よりも、福島の外に住んでいる人の間で、このような「紛争(論争)」があることに対して、やりきれなさを感じます。3月10日のシンポジウムの話題に書いたように、被災地では種々のレベル(家族内、町内、学校内、地域内)でコンフリクトがありますが、それは、実は、より広いフレーム(県と国、学派と学派、国と国、あるいは、官と民)のコンフリクトの縮図であるという指摘があります。ですから、ぼくは、どのような立場からの発言でも、「当てつけ」的なコメントは嫌います。まあ、そう思いながら、自分でも書いてしまうことはありますが…コンフリクトがあることが、必ずしもいけないとは考えませんし、意見の違いは埋められないですが、少なくとも外部の人間は対話を促進できる雰囲気を作る方が良いと思います。

というわけで、この質問に、自分ならどう答えたいか、記載してみます。

ぼくは医師という仕事をしていて、専門の関係で、患者さんの年齢層が若いので、最低でも年に何度か、若い女性から、妊娠・出産・授乳についての相談を受けます。例えば、1.胸のレントゲンを撮ってしまった後に、妊娠していたことに気がつきましたとか、2.慢性の病気で薬を飲んでいて、悪影響が心配なので、妊娠する時には、やめるつもりでしたが、その前に妊娠してしまいました、という相談です(注1)。

1.については指針があり、100mSvまでの被曝の場合には、中絶を勧めてはいけない、ことになっています。通常のレントゲン検査では、これだけの被曝をすることはありえません。

2.については、日本の判定はわかりにくいので、アメリカのFDAの基準(A-D,Xに分類)を使って説明します。多くの場合、AやBの相談で、医学的には大丈夫と考えられています。

でも、ぼくは、これまで「問題はないから(大丈夫だから)、産みなさい」と答えたことはありません(注2)。

実際の説明は、例えば、こんな感じです(注3)。

「ぼくは産科・小児科の研修で50人くらいの赤ちゃんの出産に立ち会ったけど、その中に多指症の子がいたよ。他にも小さな異常のある子もいた。多指症は普通1000人に一人くらいだけど、50人くらい立ち会っただけでも、そんな経験をするものです。先天異常の率は、どのレベルのものを含めるかで変わるけど、はっきりわかるものだけでも200人の赤ちゃんに一人。小さいものを含めると、もっと多い。だから、レントゲンを受けたにせよ、受けなかったにせよ、そのくらいの確率で、あなたの赤ちゃんには、何かの「障害」があります。そして、まちがってレントゲン検査を受けちゃった(あるいは薬をやめるのを忘れた)ことは、その確率を、ほんのほんの少しだけ増やすかもしれない。人間は、何か悪いことがあると、自分や誰かの「せいにしたがる」ものだから、自分の赤ちゃんに何かあった時に、きっと、あなたは、あの時の検査(とか薬)のせいかもしれないと思うでしょう。でも、医学的には、そのせいじゃない可能性の方が圧倒的に高い。それでも、あなたが、そういうことがあった時に、くよくよして立ち直れないと思うのなら、今、中絶するという決断を否定はしません。ただし、もし、そうするなら、二度と妊娠は考えない方が良いよ。だって、障害を持つ子が産まれる可能性は意外に大きくて、200分の1なんだから、そのリスクを受け入れられないのなら、妊娠すべきではないと思うから。だって、自分で思い当たるリスクがなくて妊娠したとしても、この200分の1に当たった時に、きっとあなたは、別の原因を思いついて・・・例えば、妊娠中に食べた食品が悪かったのじゃないかとか、仕事のストレスがよくなかったのじゃないかとか、それとも、小さいころにした悪いことの罰が当たったんじゃないかとか言って、自分を責めるだろうから。それだったら、結局、同じことだ思うよ。そのくらいの覚悟ができないのなら、妊娠するのはやめた方が良いかもしれないということです。それに出産年齢が上がると、先天性障害の確率が上昇するのも、医学的事実だから、今回中絶して待つ間に、あなたの年齢が上がることによる影響の方が大きいかもしれない。もちろん、ぼくは、そのどちらも無視できる範囲だと考えてはいるけれどね。もっと詳しく知りたければ、自分でもいろいろ調べて考えてごらん(注4)。」

それでは、福島原発の事故の影響は、どのように考えたら良いのでしょうか?

これまでの調査で、同じ地区に住んでいても、内部被曝量に大きな差があることや、家庭によって食事中の放射性物質の量にも、大きな差があることがわかってきました。昨年、一ヶ月間で1mSvを超える被曝をしていた小学生がいたという報道もありました。また、新築マンションそのものが汚染されていた事例もありました。ですから、この質問への答を一般化することが、そもそも大きな問題です。「正しく恐れる」という言葉がありますが、この「正しく」は、「漠然と一般論で考えるのではなく、数字を使って具体的に考える」という意味を含むと考えます。まず、きちんと情報を収集して、なるべく放射線を避けるようにすることは、残念ながら、今の福島では絶対に必要です。早川先生が「勉強しないと死ぬぞ」と書いているのは、そういう意味でしょう。できれば、だいたいで良いので、自分の被曝量を知ること。ただし、ここで、ぼくが言う「なるべく放射線を避ける」の意味は、ここは早川先生とは違い、(←ここに入れると、以下全てを早川先生が主張しているように読めますので、議論の中で、やってはいけない悪い例です。すみません。)福島からすぐに引っ越して、食品も日本の基準値を信用しないで全部ゼロを基準にするとか、西日本産にして、という意味ではなく、現在、住んでいる地域の汚染度に合わせてALARAと呼ばれる生活をして、想定されている平均レベル(住居や食品の放射線量が国の基準値を超えないレベル内)以下に留めるということです。そのような「一定の努力」をしている場合、平均放射線量の高い福島市などに住み続けても、年間の外部被曝線量は1mSv程度に収まるとされています。上に書いた小学生のように、明らかに年間20mSvを超える被曝をする生活を続けるのは問題です。この子の家族は転居したということですが、それは正しい判断だと考えます。幸いなことに、食品から、体内に取り込む放射性物質による内部被曝量は、現在の状況では、とても少ないと期待できます。朝日新聞の調査を見ても、最高値で1日18Bqでしたから、この最高値を、毎日食べても、内部被曝量は年間1mSvを全く超えませんし、全ての人の体内にある天然の放射性カリウムからの被曝量も超えません(注5)。

こうやって、きちんと自分自身のこととして計算して考えてみるだけで、その段階で、安心できる方も多いでしょう。ただし、それでも、危険かもしれないと動揺している人もいるでしょう。

ですから、これ以後は、自分の被曝線量を計算して、○○mSv くらいだとわかって、それでも心配な人だけに向けて書きます。計算もせずに読むのはやめて下さいね。

さて、では、この影響が、どの程度あるのかを、悪い結果の出ている研究結果に基づいて考えてみます。たとえば比較的汚染度の高い地域の場合、数年間の累計では5mSvくらいの被曝を受けてしまうことはありうると思います。詳細は下に書きますが(注6)、そのレベルの被曝量で、なおかつ、悪い結果を参考にすると、先天障害が、自然な状態で0.6%だとすれば、それが0.66%に増えるレベル(割合として10%)のリスクがあるようです。なおこれは国際放射線防護委員会(ICRP)や国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR)が採用している値に比べ極めて大きい値です。ICRPは1000mSvで割合として100%増加と言っているので、5mSvで線形を仮定しても0.5%(人数として、0.003%)の増加になります。つまり、20倍!大きい値です。ICRPの係数で線形計算すると0.6%が0.603%になります。

リスクを高く見ている人でも、多分、5mSvで10%以上の悪い数字を想定しろという人は少ないでしょう(いたら、是非、コメントして下さい!)。この、さらに10倍の5mSvで100%違うというデータは、ぼくは見つけられませんでしたから(注7)、最悪を考えるとしても、このレベルで心配したら良いと考えます。上に書いたように、明らかな妊娠中に、5mSvを超えるような「レントゲン検査」を受けてしまった場合でさえ、今の医学のマジョリティの意見は「問題ない」と言っていることも、もう一度強調しておきます。

放射線の悪影響がなくても 0.6%、つまり約200人に一人の何らかの先天異常という数字が、わずかに増える危険性がある。その「わずか」は、悪い見積もりだと、上に書いた5mSvで0.06%程度(10000人に6人)です。その後の判断は、最終的には自分でするしかないですが、数字については、たとえば、先天異常が増える要因としては、喫煙・アルコールなども有名ですから、その影響の数字も、是非、自分で調べてみて、放射線の影響と比べてみると、この「最悪のリスク」の大きさが、より実感ができるかもしれません。また、先天障害と言っても、治療可能で後遺障害がないものだって、多くあります。

最後に、0.06%は小さい値かもしれないけど、福島県で1万人の赤ちゃんが生まれて、もし悪い数字が本当なら、放射線による障害が確率的に6人に起きるんじゃないのですか?その一人が、自分の赤ちゃんになる可能性があるんじゃないですか?という疑問がわく人もいるでしょう。ご名答!と言ってあげたいのですが、それは少し違います。1万人の赤ちゃんが生まれたら、確率的には60人の赤ちゃんに障害があって、その数が、もしかすると65人とか66人に増えるかもしれないということです。60人の1人なのか、少し増えた中の1人なのかはわかりません。それに、ここに書いてきたことは、○○mSvの被曝を受けてしまって心配している、あなた一人に対して書いたものです。○○の所には、いろいろな値が来ます。それが少し大きめの人も小さめの人もいるでしょう。大きめでも、心配していない人もいるし、0.1でも心配している人もきっといますよね?その一人一人が、自分の問題として、読むために書いたものです。最終的に、60人が何人になるのかはわかりません。ぼくは0.06%よりかなり小さいだろうと科学的に推測しているので、60人のままであることを期待しています。いずれにせよ、最終的な「全体の数字(人数)」は、あなたの今の心配を考えるための数字とは、実は直接の関係はないのです。いろいろな数字が合わさって、最後に出てきた合計だけが、統計となる数字だからです。常に、個人としての確率が先に来るという原理を忘れないで下さい。

ということで、結論です。

一般論としては「心配がない」とも「避難すべきである」とも言い切ることはできません。本来、個人レベルで、ある程度の被曝量を計算したもとで、一定の信頼関係と双方向性がなければ、このような問題は語ってはいけないと考えています(注8)。その前提のもとで、敢えて書けば、ぼくが「実際に」福島の方から相談されたら、「リスクを否定はできない。ぼくは懐疑的だけど、最悪のデータに基づけば、日本人が毎年1年で浴びている放射線量レベルの1mSvでも、0.01%程度の危険があるという説もある。だから、ゼロと言い切ることはしないけど、この最悪の値としても、自分なら許容できる範囲と考える」ということを説明し、上に書いたレントゲン検査や薬の時の説明と同じ説明をします。

幸い、友人が福島で産科医になると言っていますので、実際、相談されたら、彼に説明してもらえそうです。


以下、脚注

注1.こういう例を書くと、レントゲンを撮った医師を批判すべきだということになりますし、最近、さすがにレントゲンの例は激減しているのですけど、薬の例は今でも頻繁にあります。また、薬だけでなく、飛行機に乗ってしまったとか、電磁波を浴びてしまったとか(それがいけないと書いている本があったりしますので)、いろいろ相談されます。

注2.ただし、Aに分類される薬の場合、外来が忙しすぎる時には、簡単に「気にしなくて良いよ」と話してすませたこともありましたね…ゴメンナサイ!

注3.このような説明には、いろいろな批判があります。その中には「心配をさせるからダメだ。ほとんどの場合は大丈夫なんだから、生まれてから、何かあれば説明すれば良い」という意見もあります。自分が産科医で、最後までつきあえるのなら、そういう考え方もあるのかもしれません。実際、「心配すること」が、体調を悪くする可能性もありますので、この意見には耳を傾けるべきだと思います(この部分に疑問のある方はノセボ効果という言葉を調べてみて下さい)。でも、ぼくは内科医なので、何かあった時に説明できる立場にないことと、「わかっていない/ぼくは知らない」という情報も含めて、なるべく多くを伝えたいというのが、医師患者関係に対する考え方なので、こんな説明をしています。もちろん、伝え方(表現)は、相手によって少しずつ変えますし、初診で相談を受けるわけではないので、それまでの治療過程で、きちんと信頼関係ができている方で、かつ、挙児希望の方にしか、このような説明はしません。文字で書くと、突き放しているように感じられるかもしれませんが、この話をする前後には、ぼく自身が子育てして、とても楽しかった話とか、障害がある素敵な友人の話とかを、常にしているという「関係性」がある上での、このような説明の文脈です。そもそも、ぼくは出生前診断で障害があるとわかっても出産を決意するような夫婦を支援したいと思っていますから。

注4.例えば、以下のHPなどが参考になります。
妊娠初期に薬を飲んだ・X線を浴びたけれど大丈夫?
http://www.ladys-home.ne.jp/faqsite/ans-files/FAQ-I/FAQ-I9.html

注5.放射性セシウムを食べると、身体に一度、全部入りますが、それがまた尿などから出て行きます。出ていく量と、入ってくる量が一定になったところで、身体の中の放射性セシウム量は一定になります。身体の中には、放射性カリウムというのがありますが、これは自然に存在するので、赤ちゃんの頃から、食事を通じて入ってきて、不要な分が尿から出ていくので、何を食べても、放射性カリウムの量は一定になり、ほぼ体重に比例します。カリウムは野菜や果物、乾燥した食品(乾燥ワカメとか)に多く含まれますが、たくさん食べても、その分、出ていきますし、カリウムは身体にとって必要な物質なので、食べなければ身体から出さないようにするので、食べ物の内容にかかわらず、ほぼ一定です。ですので、野菜をたくさん食べるとカリウムによる被曝が多くなるという考え方は間違っています(→例:中川恵一先生の著書「被ばくと発がんの真実」の「野菜を食べるほど、内部被ばくが増えるわけですが、(p50)」などは間違い)。被曝量の計算は、例えば、以下のHPでできます。また、田崎先生の資料によれば、放射性セシウムの 1 日の摂取量が 30 Bq 以下なら、放射性セシウムの平衡量は自然な放射性カリウムの量を超えません。体内には、カリウム以外にもβ線を出す炭素(C14)などもありますし、自然に持っているものの2倍以下というのは、ある意味では許容値かなと思います。ただし、自然のカリウムと異なり、hot particle が存在すること、つまり局所的に高線量の部位ができることが、吸入性の内部被曝の場合には問題だという意見もあります。

放射線被ばく量の累積値
http://kokutetsu1047.web.fc2.com/exposure.html

田崎先生のスライドは、きちんと勉強するために、とても役立ちます。
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/slides/CsIntake.pdf

注6.いろいろな研究、統計があります。低線量では影響などないというものが多くて、広島・長崎の原爆後にも先天異常や遺伝的影響はなかったというのがありますし、それらを信じることができれば、それが一番安心です。でも、悪い数字が書いてあるものがあるので、心配なんですよね。ですから、悪い数字を見てみます。例えば、京大グループのHPに以下の文献があります。ぼくが見つけた中では、これが「悪い影響が一番大きい」ので、これを読んでみましょう。日本語解説がありますし、原文もPDFで読めます。

チェルノブイリ原発事故によるベラルーシでの遺伝的影響
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Lazjuk-J.html

Genetic Consequences of the Chernobyl Accident for Belarus Republic
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/reports/kr21/kr21pdf/Lazjuk.pdf

この表1では、人工流産胎児の形成障害頻度ということで、中絶胎児の異常を調べています。これを見ると、5%程度の値が、15Ci/km2以上の管理区域では、7%(1年のみ9.6%の年もあった)とあります。

また、表2では、出生児の先天性障害頻度を調べていて、こちらでは、汚染の低い地域では事故前と後で50%の増加であるのに対して、15Ci/km2以上では、83%の増加だとされています。なお、チェルノブイリ事故の旧ソ連地域のデータの解釈の難しい点は、事故後に、放射線汚染の濃度に関係なく、死亡率がかなり上昇していることですが、ここでも先天異常の率が増加しています。しかし、放射線汚染がひどい地域の方が、より増加率が高いので、この分は放射線の影響だと考えられるということです。

この論文だけでは、表2が、福島のどのレベルに当たるのかはよくわかりません。チェルノブイリと福島では、土壌の汚染度が同じレベルの地域では、チェルノブイリの方がプルトニウムやストロンチウムの影響が圧倒的に大きいので、健康影響も大きい可能性が高いですし、また、チェルノブイリはセシウム137のみになった後でのデータが多く、初期の134まで含めて空間線量などが測定されている急性期の福島とは異なります。しかし、最悪にに考えても、現在の避難区域外で15Ci/km2以上の地域は、ほぼないはずですから、これより悪いことを想定する必要はないでしょう。表3との比較でいえば、この地域の被曝量の平均は10mSvよりは大きいと考えられるので、10mSvとします。実際には、これより大きい可能性がありますが、その場合には、計算がより安全な側に傾きますから、小さい値で計算します。すると、10mSvの被曝で、一定の影響=0.6%が0.7%になる20%弱増加程度の影響があるという結論です。絶対的な増加は10mSvで0.1%です。ここに線形性(比例計算)を当てはめて良いかどうかも、本当はわからないのですが、これも域値なしの線形として、この値を使って、5mSvで、絶対値として0.06%としました。

最後に、表3によると、平均被曝線量が10mSv程度の二つの地域で計算すると、「障害頻度増加1%当りの平均被曝量」が、0.2とか0.3mSvになります。つまり、1mSv被曝すると、先天障害を持つ確率が3~5%上がるということです。ただし、この%は「そもそもの障害頻度」、つまり0.6%程度に対する%ですから、出生数に対しては0.02%~0.03%となりますので、上の値とほぼ同じです。

また、バンダジェフスキーの書いた「放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響」という本も、よく引用されます。こちらで注目すべきことは、実験動物のラットを用いた実験で、同じ汚染度(445Bq/Kg)のエサを食べさせても、妊娠ラットの方がセシウムの体内濃度が大きくなったという記載です。これは、「食べる量が増える」から当然ですが、濃度ではなく、「全体の量」で判断すべきという、当然ですが、重要な示唆を与えてくれます。この本には先天障害のことは出てきませんが、低線量での健康被害について学ぶべきこともありますので、余裕ができたら別項で解説します。

注7.補足に書くように、放射線量がより低いところでも、影響があったという報告もあります。しかし、例えば0.1mSvで2%という報告があったとして、それを信じたとしても、これは5mSvにしたら、100%になることは、絶対に意味しません。これは、トンデル論文の解釈について、ぼくが批判したことと同じです。論文の内容ではなく、その応用が間違っているわけで、0.1mSvで2%は、あくまで2%が最高の値で、その値で心配するべきで、それ以上に見積もるのは、疫学研究解釈の初歩的な間違いです。よく言われることですが、環境中の自然放射線だけでも、日本の数倍高い地域もあることや、原爆や原発労働者のデータ、チェルノブイリでも、中等度の被曝をした方のデータは沢山あり、それらの最高値を超えてしまうような解釈をするのは、間違いだと考えます。

注8.リスクコミュニケーションという言葉が、最近、よく使われます。コミュニケーションである以上、双方向性が担保される必要があり、例えば、何らかの説明を新聞紙上に書くだけでリスクコミュニケーションが完結すると考えるのは間違いです。持っている知識の量、考える方向性などが異なる人に、同じ説明で十分なわけがありません。その意味で、ここに書いているものも、全く不十分ですから、ご心配な方からのコメント・質問を歓迎します。


補足:ネット上などに浮遊しているのは、具体性のない「恐怖」だと思います。そこに、具体性のない「安心」が流れても、解決になりませんから、「恐怖の元」になっている数字を、きちんと吟味するのは重要です。最近、こんな翻訳も出ました。そもそもネガティブな結果って論文になりませんから、しかたないのですけど、悪影響を報告した論文の集大成みたいです。

『チェルノブイリの健康被害-原子炉大事故から25年の記録』

英語版は既にななめ読みはしていましたが、日本語は読みやすいです。ただ、内容の真偽は別として、一般の方が読むと、誤解を招きそうな部分もたくさんあり、一部分だけ抜き出して恐怖を煽る人がいると嫌だなあと思います。元の論文の著者らが断定していないのに、こちらでは断定口調で書いてある部分もあります。また、個々の論文を見てみると、玉石混交(石の中に、たまに玉がある?)です。他力本願ですが、どなたか、これをさらに読み込んだ解説をかいてくれないかなと…

この中にも、第4章 遺伝的および催奇的障害(奇形)という章があります。この章の内容の全部はここで触れられませんが、注意して欲しいのは、今さらながら、チェルノブイリの被害のスケールは、やはり福島より大きいということです(注9)。例えば、以下の記載があります。

「イギリスでは、チェルノブイリ事故後19年たってもいまだに、放射能汚染での規制が379の牧場(家畜業者)、20万頭の羊、7万4千ヘクタ-ルで継続している。同様の規制がスウェ-デン、フィンランド、アイルランドでもトナカイを対象に行われている117)。2002年のヨ-ロッパ委員会からの報告では、ドイツやイタリア、スウェ-デン、フィンランド、リトアニア、ポ-ランドに生息する野生生物・植物、イノシシ、シカ、マッシュル-ム、野イチゴや魚からも高濃度の1kgあたり数千ベクレル以上のセシウムが確認された118)119)。」

反論もありましたが、日本での食品の規制値が1年後から既に、50-100Bq/kgに下げられたのは、安心の上では良いことだったでしょう。

この本を読む上でも、漠然と相対的な割合に着目するのではなく、きちんと、元になっている「数」に着目したいと思います。

たとえば、ドイツで事故の翌年に西ベルリンで、ダウン症が増えたというBMJ論文が紹介されています(100→Significant increase in trisomy 21 in Berlin nine months after the Chernobyl reactor accident, temporal correlation or causal relation? British Medical Journal 1994, 309: 158-62)。多数の論文が出された論争の結果の数字を見ると、多分、一過性に本当に増えているようです。しかし、増えた数は、平均で0.16%程度だったものが0.21%になったということで、実際の超過人数は10数名です。また、これが「放射線」そのものの影響なのか、あるいはチェルノブイリ事故がもたらしたドイツにおける大きなストレスの影響なのかも確定できません。おそらく両方の影響がありますが、同様の増加が、放射線の被曝量との相関関係(より被曝量の多いところで、より被害が大きい傾向)が弱ければ、後者の影響が強い可能性があり、ぼくはそちらも考えます。

実際、その他の国の情報も読んでみると、チェルノブイリの事故の悪影響は、放射線の直接の影響とストレスなどの間接的な影響も含めれば、ヨーロッパの本当に広い範囲に及んだのだろうと思います。

ですから、福島の場合にも、放射線によるものに加えて、ストレス性の悪影響がある可能性は否定できません。そもそも、避難の時に、何人もの高齢者の方が亡くなりましたが、明らかに事故の被害者です。ただ、放射線そのものの悪影響は、最悪を考えても、被曝量が比較的はっきりしている注6に書いたレベルで心配するだけでよく、それより低線量被曝地帯のデータについては、やはり間接的な影響や交絡因子も含めて考えながら、対策をするべきだろうと思います。ストレスの悪影響があるのに、放射線のことだけに目を奪われていては、対策として不十分だからです。

注9.地図で比較したものとしては、以下がわかりやすいです。

福島原発事故に関して:チェルノブイリとの比較
http://genpatsu.sblo.jp/pages/user/iphone/article?article_id=48905428

ここで学べるのは、セシウム137 の汚染レベルが同じでも、ストロンチウムやプルトニウムの汚染ではチェルノブイリの方が悪いことで、福島を考える上での好材料になるとは思います。

また、この図も含めてですが、チェルノブイリと福島の汚染地図の比較での大きな問題は、1.旧・ソ連の国の調査は、かなり遅れてされたことと、2.放出された核種が異なること、3.内部被曝量が、全く異なることです。チェルノブイリでは、内部被曝がかなり深刻であり、福島では内部被曝は、ほぼ心配がないレベルであるにもかかわらず、外部被曝の指標である、土壌のCs137濃度で同じ地域で同じ被害がでるという仮定は、本来、変です。ですから、ぼくが上に使った5mSvで10%というデータも、実際には、もっと小さく見積もるのが、本来正しいはずです。

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