熊本から終末期医療を考えるシンポ
前のエントリーで紹介した、生命倫理シンポジウムが開かれましたので、ご紹介します。タイトル全体は、以下です。
熊本から終末期医療を考えるシンポ「事例を通して死に関する倫理的な課題を考えよう」
目的:死にまつわる様々な事例を通して、死に向きあう際の倫理的課題を整理する。
「熊本から」とつけたら、そんな大げさな!と言われましたが(笑)、住民のみなさんは気がついていないようですが、実は、熊本市は(全国平均に比べて)医療のレベルが高いのです。そして、緩和ケア・終末期医療のレベルも高いことが、本日のシンポでも示されました。ですから、全国の模範となるべく、こんな題なのです。
まず、「患者・家族の思いに寄り添う緩和ケア」という題で熊本ホームケアクリニックの井田栄一先生に基調講演をして頂き、その後、井田先生の患者家族である神﨑征也さん、メディカルケアセンターファイン緩和ケア病棟師長の宮内真奈美さん、当院(くわみず病院)の3階病棟師長の竹丸恵子さん、くわみず病院近くの神水教会の牧師のボーマン・ナタンさん、熊大GCOEの研究員で哲学が専門の會澤久仁子さんに、それぞれ話をしてもらいました。
個々の方のお話が、それぞれ非常に興味深く、現状の問題点も指摘され、難しい倫理問題もありました。しかし、何よりも印象に残ったのは、熊本には緩和ケア病棟をもつ病院が5つあり、さらにもう一つ増える予定で、人口比で全国トップレベルになることです。そして、この分野では全国レベルでの第一人者である井田先生の在宅クリニックがあり、「外来」↔「在宅」↔「入院」というトライアングルを、患者さんの希望と状況に応じて、ある程度自由に選びながら、移行することができる環境があります。前エントリーで書いた岡嶋先生はずっと緩和ケアを希望されていたのに空きがなく、たった1日しかホスピスには入れなかったそうですから、東京と熊本の差は大きいです。ちなみに、宮内さんの施設では、平均在院日数が30日強とのことです。しかし、やはり数日という場合もあり、その時には、スタッフも何もできなかったという落胆が大きく、患者さんだけでなく、スタッフ側にも短すぎるのは問題だと思われます。
時間が作れれば、追記しますが、ごく簡単に、ぼくの印象に残った部分だけ、以下にまとめます。
井田先生は、産婦人科医として大学病院で癌患者の診療に当たっていましたが、抗癌剤も効かない状況になってしまうと、「戦う医療」としては、できることがなくなるし、医師は技術の見せようもないと思われていました。しかし、癌の病状が進行していくに従い、痛みを始めとする種々の症状が出てきて、それらに対しても、医学的に正しく効果のある治療があるはずであり、その面の知識が日本ではあまりにも遅れている、というのが最初の問題意識だったそうです。そこで、当時から緩和ケアの進んでいたアメリカに学び、熊本でも初期の頃からホスピス病棟で勤務し、2005年に現在の在宅緩和ケア専門の診療所を開設されました。実は、この診療所が、くわみず病院のすぐ近くで、私たちとの交流も始まり、井田先生の患者さんを短期間、入院で治療する協力も行っています。しかし、連携が常にうまくいくわけではなく、在宅の時の主治医と、入院時の主治医が変わることで、意思疎通の問題があったり、倫理的な課題もあり、一緒に勉強させて頂くことが増えました。今回も、井田先生は、患者さんの希望を中心に、上述のトライアングルを自由に使える医療を進めて行きたいと話されました。
神崎さんは、奥様を子宮頚癌の7年の闘病後に亡くされましたが、本日のシンポのタイトルに、「死と向き合う」とあったことに対して、自分は「死と向き合ったことはない」、ずっと「生と向き合って、よりよく生きることだけを考えた」と話されました。
宮内さんは、4年前に師長として緩和ケア病棟を立ち上げたそうですが、「緩和ケア病棟}=「死にそうな患者さんばかり」=「暗い」というような偏見のイメージをいかに変えていくか、自分たちの病棟の真の姿は、こんな感じですよと、明るい写真も交えて紹介してくれました。
竹丸さんは、一般病院の一般病棟の中で、癌ではない良性疾患の末期の方を看取ることの難しさを、4人のケースを取り上げて紹介しました。例えば、本人が治療を拒否されるケース、本人と家族、あるいは家族間での意見が異なるケース、本人の意志が確認できず後見人もいないケースなどです。
ボーマンさんは、日米の死生観の違い、特に遺体に対する考え方の違い(アメリカでは、病室から、葬儀場まで遺体を運ぶ時に、家族は同行しないなど)、家族に対する考え方の違いなど。また、メイヨークリニックのチャプレンが、熊本を訪れたときに聞いた話として、アメリカでチャプレンが、家族に必ず言ってもらう4つの言葉、そして、患者が患者をケアするチームに望む5つの願い(Five Wishes)も紹介しました。
會澤さんは、そもそも終末期とは、いつからか?どのような類型があるのか?という話から、日本の年間死者数が15年後に、今より30%以上増え160万に近づく予測があること、事前指示や、家族との話し合いが大切だが、実際に死について話したことがある人は半数に及ばないことなどを紹介しました。
会場からは、癌になったが、自分は一人暮らしで、とても気が楽だという意見があり、上野千鶴子さんの、おひとり様の在宅死の話を紹介しました。また、緩和ケアをする医療スタッフ側のケアも問題になり、以前のこの会で高橋隆雄先生が、アンパンマンの話を紹介して下さったことも話題になりました(→アンパンマンは、いじめられている子を慰めるために、顔をちぎって食べさせてしまいますが、それをジャムおじさんが、すぐ直してくれるので、医者にも、ジャムおじさんが必要ですね)。
最後に、以前、クローズアップ現代で放映されて話題になった田嶋華子さんの物語が、より長く詳しい内容となって7月22日に放映予定です。是非、ご覧ください。
→命を見つめる「ヒューマンドキュメンタリー」。「これ以上延命治療はしない」と選択し、去年18歳で亡くなった少女の心の足跡をたどる「延命~ある少女の選択」。
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