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プラセボの科学と哲学  ホメオパシー再考

ぼくは熊大の社会文化科学研究科にも所属していますが、その大学院生の上島佳代さんの論文の草稿を読ませてもらう機会がありました。彼女は、長い論文の中の一章として、プラセボ(偽薬)を取り上げていて、そこから、いろいろ学ばせてもらったことの一部です。

現代の医療の中で、ある薬が効く・効かないを厳密に比較する場合には、プラセボを対象に使います。つまり、Aという薬を使って治療をしたグループ(A)と、しないグループ(N)を比較するのではなく、偽薬などを用いたニセの治療をしたグループ(P)と比較します。さらに、そのニセの治療をする医療者にも、それが偽薬なのかどうかを伝えないで行う試験を、二重盲検(double blind)試験と呼びます。なぜ、単純にAとNの比較ではいけないのかというと、Aで使っている薬には、実は効果はないのに、例えば、「薬をもらっているという安心感から、病気がよくなってしまうようなこと」があるため、Pのグループと比較しないといけないというのです。この効果を「プラセボ効果」と呼びます。なるほどと思っていましたが、よく考えると、いくつか疑問が浮かんできます。以下、興味深い点を並べてみます。

1.まず、「安心感」が、本当に病気を良くできるのでしょうか?もし、病気がよくなる程度が、A>P>Nなのだとしたら、もちろん、Aには効果があります。でも、PとNの違いがあるのなら、この違いを作り出しているもの、つまり、「病気をよくするプラセボ効果」の「効果の原因」も研究すべきですよね?それは、まさに心が身体を良くする部分かもしれません。

2.最近、不思議な論文がPLoS ONEという雑誌に出ました。
Placebos without Deception http://bit.ly/fjo2c9
普通、プラセボは、「これは薬ですよ」と言って渡すものだから、効果があると考えられていました。ところが、この研究では、「これは、効果のない薬ですよ」と、わざわざ種明かしをして薬を渡します。でも、なぜか、やっぱり「プラセボ効果」が現れて、プラセボをもらった方が、良くなるというのです。(ただし、この論文には反論もあります)

3.実はプラセボ効果は、文化によって異なることがわかってきています。ここが面白い!つまり、薬は効くものだと思っている文化の人たちほど、プラセボ効果が大きい。つまり、PとNの差は、「個人レベルの現象」ではなくて、「社会レベルの現象」であるということです。

4.そして先進国はプラセボ効果が大きく、さらに近年、プラセボ効果の「増大」が見られて、製薬会社にとって、新薬開発の障害になっているそうです。つまりP>Nの差が大きくなってしまい、Aがよほど優秀でないと、Pに勝てないということです。

このように見てくると、プラセボ効果というのも、それほど単純なものではないことがわかります。また、よく「気休め」の薬なんて言いますが、「気休め」でも効くのなら、医療としては価値があります。

というわけで、ホメオパシーを「プラセボ程度の効果しかない」と切り捨てる際に、注意が必要です。たとえば、最低限でも、「ホメパシーを信じている人がホメオパシーレメディ(プラセボでも同じ)を飲んだ時」と、「信じていない人がプラセボを飲んだ時」を比較して、前者の方が、よくなるのなら、それほど簡単に「効かない」と切り捨てるわけにはいかないということです。

蛇足ながら、別の項目にも書いているように、私自身はホメオパシーを信じないので、ホメオパシーの肩を持つつもりで、本稿を書いたわけではありません。しかし、実は、これと同じことが、Dという医師が行う1番の治療法と、Eという医師が行う2番の治療法の比較という問題についても当てはまります。同じ医師が行えば、1番の方が良いことがわかっていても、DとEという医師の力量(得意と苦手)、患者さんとの関係性など、全ての要素の上では、Dの1番より、Eの2番の方が良いということは、医療の世界では良くあります。だから、標準化が重要ですが、標準化されていない、という現実の中で、われわれは医療をしていかざるを得ないし、患者さんも医療を選んで行かざるを得ません。悩ましいものです。


【追記】親しくさせて頂いている花井十伍さんから、「プラセボは理想的な薬ですよね」、さらに、医学書院の白石正明さんは、「確かに「プラセボ程度に効く薬」があったら素晴らしい。」というコメントを頂きました。
 それで、書き忘れたことを思い出したので注意喚起。プラスに働くことをプラセボと呼びますが、当然、マイナスに働く偽薬効果もあるはずで、それを特にノセボと呼びます。たいした効果がない薬だと、ノセボ効果に負けて、「飲まない方がまし」になってしまいます。ノセボですから、『本当の「副作用」』ではないのですが…医療者は、その点を理解しておくべきです。しかし、ややこしくて、難しい。

【追記2】プラセボ効果、ノセボ効果に加えて、この分野で重要な「効果」は、バーナム効果(フォアラー効果)、ピグマリオン効果、ゴーレム効果がありますね。これらの効果の存在を知って、「効く」「効かない」議論をしないとダメです。

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