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ユネスコ会議サテライトシンポ

今年で熊大では4回目になるユネスコ・ラウンドテーブル(円卓会議)のサテライトシンポジウムをオーガナイズさせて頂きました。その報告と感想を記録しておきます。

ユネスコの円卓会議のプログラムはこちら→PDFを開く

今回のプレシンポジウムのプログラムはこちらです→PDFを開く

プログラムは、以下の通りでした。

国際シンポジウム:テーマ:「21世紀将来世代学基盤構築」
~将来世代に向けた医療基盤の構築を目指す欧米の生命倫理の最先端~
会場:医学部保健学科のE棟506教室
日時:12月10日(金)16:00~19:00

16:00~16:10 開会
座長:粂 和彦 
16:10~16:55 Dr.George. Chapouthier(ジョージ・シャプティ)(哲学・生物学博士)
”Pharmacology and animal behavior" (especially anxiety and memory)
~ Cognition in higher animals and ethical foundation of animal experiments“
* シャプティ先生は、フランス最大で最高峰のフランス国立科学研究所の教授です。フランスの自然哲学、神経生物学(認知システム)及び動物学の見地からお話しして頂きます。先生は俳人でもあり、世界俳句・短歌の会のフランス部会理事として、仏の俳句・短歌にも精通されています。

17:00~17:45 Dr.Konstantin.S.Khroutski(コンスタンティン・クロツキ)(哲学・医学博士)
“Biocosmological perspective of medical system development: Russian experience”
* コンスタンティン先生は、ロシアのバイオコスモロジー思想の創始者です。ロシアのバイオコスモロジープロジェクトとして、ロシア・東欧・北欧を中心として、アジア・アメリカ圏も含めた各分野の科学者がバイオコスモロジーをもとに科学の統合に向けて動き始めています。 これは、新しい医療システムの基礎構築に関わっています。新アリストテレス派として、システム論の思想的背景にも精通されています。

座長:宇佐美 しおり
17:50~18:35  Dr.Steve. Fenwick(スティーブ・フェンウィック)(哲学・心理学博士)
“Brain death and Thanatos ethics ~Coma as key of self-awareness ”
* フェンウィック先生は、世界最先端の心理学の一つプロセス指向心理学(POP)創始者アーノルド・ミンデル博士から直接ご紹介頂いたレインボーメディスン(統合型代替医療)の第1人者です。脳死に関わる生と死の境界領域としての昏睡状態の中で、人は何を感じ、認識しているのでしょうか。これまでPOPが開発してきたコーマワークによる昏睡状態の人への言語・非言語的な対話療法の概要、対話からわかってきた各個人の物語の普遍的な意味と深層心理学的な解釈についてお話して頂きます。deep ecology、パーマカルチャーにも精通されていらっしゃいます。

それぞれ、ずいぶん異なる分野のスピーカーだったのは、ユネスコの円卓会議のタイトルが「生命倫理と幸福概念」であり、多数のスピーカーに来日・来熊して頂いた中から、医学部の方に来てもらったためですが、どれも面白い話でした。

最初のシャプティエ先生は、生物学の学位に加えて、哲学の学位を持っている人で、前者の専門は動物を用いた神経科学神経生理学で、後者は人間のモザイク性の研究と動物実験の倫理とのこと。今回は、動物の持つ種々の高等な能力を紹介して、それらの能力を考えれば、動物にも一定の配慮が必要だという話でした。たとえばマウスの不安についての下記の論文などが、ダブルメジャーならではの仕事と言えます。
Anxiety inMice: A Principal Component Analysis Study
Neural Plasticity
Volume 2007, Article ID 35457
興味深かったのは、無脊椎動物の中でも、頭足類(Cephalopods)は、とても頭がよく、魚などよりも能力が高いそうで、先日、ワールドカップで話題になった、タコのパウル君を思い出しました。

2番目のクローツキ博士は、バイオコスモロジーという考え方で、医療の枠組みを見直すという話でした。なかなか危ない?方向の話ですが、面白かったです。医療を以下の3つに分けて、現代の医療だけでは解決できないが、医療が対象とすべき状態に対して、統合的に対処する医療の広い枠組みを提唱するという感じでしょうか。
1.Western conventional (scientific) medicine – that refers to the substantiated Medicine of Diseases 現代の還元主義的な西洋医学
2.Integral (Eastern complemetary) medicine – refers to the Medicine of Health 補完的な東洋医療
3.Biocosmological (Eastern alternative) medicine – refers to the Medicine of the Individual’s Self-Realization. 統合的な文字通り「代替する東洋医療」
彼らロシア人の意識として、ロシアは、実は「東方」なんだということがよくわかりました。ですから、ここでいう東洋医療は漢方だけではなく、ロシアの伝統医療を含むものです。

最後のフェンウィック博士は、臨床心理士でアーノルド・ミンデルの弟子です。今回は、彼自身の専門外でしたが、こちらからリクエストしてコーマ・ワークの話をしてもらいました。下記の本の要約に近い話ですが、面白かったです。
昏睡状態の人と対話する―プロセス指向心理学の新たな試み (NHKブックス)
アーノルド ミンデル
植物状態(昏睡状態=コーマ)で改善の可能性がないと言われると、普通はコミュニケーションをあきらめてしまいますが、彼らは、昏睡状態の患者と、呼吸を合わせて、微細な動きや顔色の変化などを観察し、その変化を強めるようなフィードバックを送り続けることで、患者とのコミュニケーションを試みます。その結果、もうダメだといわれた患者の3割近くが、昏睡から覚めてコミュニケーションができた。また、昏睡が覚めることはなくても、Yes/Noだけのbinary communication なら、何とかできることもあるとのこと。もちろん、完全な脳死状態などで、全く何もできないこともあるわけで、脳の障害のレベルによるのでしょうが、このような方法を試み続けることは、意義があると思いました。また、昏睡状態になった場合、実は、元気な時に考えていたことと考えが変わることが多い。つまり、植物状態になったら生きていたくないから、早く殺してくれと言っていた人が、実際に昏睡状態になると、こちらに戻ってきたくて、強く生きることを望んでいたり、あるいは、最後に一言お別れを言いたいと思っていたりということがわかることもある。そのように考えると、生前の意志(リビング・ウィル)だけではなく、臨死状態の意志も尊重するタナトス倫理も重要だということでした。尊厳死志向の強いアメリカの心理学者から、このような話を聞くのは、とても興味深かったです。(文末に【追記】あり)

最後に、今回のセッションを企画してくれた上島さんに、彼女の臨死体験を話してもらいました。彼女は、1週間ほど生死の境をさまよい、(外から見ると)完全に意識を失った状態に数日なったそうです。しかし、内部では意識はずっとあって、身体が動かなくなるたびに、その部分が「なくなる」ような感じを受けていたそうです。さらに、完全に身体が麻痺した時には、意識状態の変容もあって、死んでしまいたいという気持ちと、死にたくないという気持ちのせめぎあいがあり、その後、回復する直前には、宗教的な体験をしたとのことでした。

これは以下のTEDのビデオにある、Jill Bolte Taylor の脳出血体験によく似ています。彼女の場合、左脳に出血したため、右半身麻痺と言語障害に苦しみながら、インタクトな右脳から来たであろう、不思議な気持ちと現実感の間を、行ったり来たりしたようです。
ジル・ボルト・テイラーのパワフルな洞察の発作

また身体が失われていく感じは、脳梗塞患者の多くが同じことを語っています。認知リハビリを提唱している宮本省三さんの下記の本が、参考になります。
脳のなかの身体―認知運動療法の挑戦
宮本省三 (講談社現代新書 1929)

最後、やや時間が超過してしまいましたが、普段聞けない話ばかりで、興味深い会でした。企画と実施の段階で、今回は保健学科の先生に、すっかりお世話になってしまいました。どうも、ありがとうございました。


【追記】Steven Fenwick 博士は、ユネスコRTの方では、ecological self という題で話しました。ecological self というのは、ぼくが現在、一番、興味を持っているギブソン派のアフォーダンスの(環境)心理学にも通じる言葉で、こちらの講演も、興味深く聞きました。こちらの講演では、self (I) と思っていることに対して、常にnot-I である部分に注目し、なぜ、それを自分が、marginalize するのかについて考えるということがポイントでした。たとえば、自分と家族の問題の場合、なぜ家族のことを自分ではない存在と感じるのか?一方で、それが、国と国の問題になると、家族以上に「自分ではない」のに、なぜ、他の人も含めた自分の国を「自分」と感じて、他国を「自分ではないもの」と感じてしまうのか?
 実は、これは身体の中の問題についても同じで、たとえば腕が痛い時には、「腕(という他者)が自分を痛めつけている」とも考えられるが、なぜ、そのように考えるのか?感情的に行動してしまった時に、その時の自分を、なぜ「いつもと違う自分」などと他者視してしまうのか?などの方向にも拡張できます。ぼく自身、自己(心)の問題を考える時に、「自己は一つではなく、多数で多層にわたる自己が常に同時に独立して存在している。自己は統合されてもおらず、不変でもなく変わり行く。自己は境界がはっきりしない。」ということを、よく説明しますので、とても通じるところの多い話でした。
 最後に参加者全員でPOP(プロセス志向心理学)的な瞑想の実践をしました。「まず、目を閉じて、自分の身体を感じて下さい。呼吸をしている部分を感じて下さい。皮膚を感じて下さい。皮膚の中が、あなただと感じますか?では、最初に、その皮膚に覆われた身体を、自分だと感じて下さい。その外側にある服を感じて下さい。その服を含めて、あなただと感じませんか?次に、あなたの一番近い人のこと、あなたのご主人・奥さん、子ども、両親、それらの人のことを思い浮かべて下さい。その顔や、ともに過ごしたときのことを生き生きと思い出して下さい。それらの人を含めて、あなたのself だと感じられませんか?さらに、次は友人を思い浮かべて下さい。熊本という町を思ってください。名前を知らない他の日本人をイメージして下さい。行ったことのある外国を思い出してください。行ったこともない国を思い浮かべて下さい。そこに住む人をイメージして下さい。地球全体をイメージして下さい。宇宙をイメージして下さい。そこから時をさかのぼってビッグバンまで戻ってみましょう・・・そして、それらのイメージを、一気に今のあなたの心の中に収束させてみて下さい。今、あなたは何を感じていますか?」こんな感じで、非常に面白かったです。
 ぼくは、ユング派の夢解釈を毛嫌いしてきた部分があり(睡眠の科学を研究している人の多くは、ホブソン的発想をしますので)、その点でミンデルのことは、特に、あの時代の集団でのトランス状態というのは、いかにも胡散臭いと思っていました。ただ、今回、実際、話を聞いてみると、心理療法としてなるほどと思う部分以外にも、根底にある考え方に、共感する部分もあって、とても勉強になりました。

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