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書評:菊池誠「科学と神秘のあいだ」+藤田一郎「脳ブームの迷信」

阪大の菊池誠先生は、ニセ科学批判を積極的にされていて、ぼくも彼のブログ kikulog で、タミフルの議論などをさせてもらったことがあります。その新著が「科学と神秘のあいだ」です。

「客観的(科学的)には神秘でも奇跡でもないものが、個人にとっては(主観的には)神秘にも奇跡にもなる」という文でまとめられるように、客観と主観の「折り合い」のつけ方について書かれた本です。親しみある文体で読みやすいですし、是非、多くの若い人に読んで欲しいと思います。また、同じ菊池先生の「おかしな科学」は、より入門編で、うちも中学生の息子は、こちらから読んでいます。

個人にとっての「奇跡」とは、たとえば20枚の100円玉を放り投げて全部が表だったら、誰だって心臓が止まるくらい驚くでしょうけど、でも、これは確率的には約100万分の1(2の20乗は104万8676)だから、日本人全員が一斉に振ったら、100人くらいは全部表になりますから、別に奇跡でも何でもない。ついでに別の100人くらいは全部が裏になります。でも、わかっていても、奇跡ではないと納得するのは難しいものです。この本には客観的事実と主観的感覚が齟齬を起こすような様々な事例を挙げて、折り合いのつけ方を説いています。

このことは、医師と患者の関係では日常的に経験することです。ある薬が100分の1の副作用がある場合、年間に100人以上の患者を診る医師は必ず経験することでも、ある患者さんにとっては、滅多に経験しないことになります。副作用を経験してしまった「不運な」患者さんが周囲の患者さん10人以上に尋ねても、誰も経験していないことを知れば、ますます「自分だけが何故こんな目に会うのか」納得できないことになります。そこに折り合いをつけてもらうようにするのも、医師の仕事の大切な部分です。

ところが、科学の世界では、逆に20回に1度しか起きないことが起きた場合、何らかの意味がある(有意差)と考える「奇妙」な習慣もあります。たとえば、ある薬を飲んだ人と飲まない人を比較して、飲んだ人が寿命が長かったとしても、もしかしたら「偶然」長かっただけかもしれません。そこで科学の世界では、それが20回に1回よりも珍しいことなら、「多分」偶然ではないと考えるのです。でも、逆に言うと、本当は単なる偶然だった可能性を完全には否定できないことが多いのです。菊池先生の本には、この方向のことがあまり書いてなかったのが、少し残念です。余談ながら、この本は筑摩の石島さんがWEBへの連載を依頼したことからできたようで、ぼくも石島さんに本の編集をして頂きましたが、さんざんの不義理をしました。すいません!

そうそう、追記ですが、この本の中で、科学者が「あちら側の世界」、つまりニセ科学や神秘主義、脳科学だと二元論的世界に行ってしまう例が出てきます。超一流の科学者でも、たくさん「あちらの世界」に行ってしまうことは、毎日新聞の青野由利さんの「ノーベル賞科学者のアタマの中」という本にも出てきます。彼女は、その理由の分析をいろいろしていますけど、やっぱり科学者であっても、「折り合い」をつけるのが難しいということなんだろうと思います。菊池先生には、「あちら側」に行って欲しくないものです(笑)。

もう一冊の藤田先生の「脳ブームの迷信」は、ぺらぺらの本で(下品な表現ですいません!)、すぐ読めてしまいますが、実に勇気のある本です。この本では、日本中のほとんどの人が知っている川島隆太先生の「脳トレ」や、脳に効くサプリメントを批判しています。藤田先生は、攻撃的な性格だからとか、儲けている人にやきもちを焼いたりして、こんな本を書いたのではなく、現在の異常な脳ブームに警鐘を鳴らすために、敢えてこのような本を執筆されました。ぼく自身も、ほとんど断っているとはいえ、たまにはマスコミに出て脳の話をすることもあり、自戒をこめて読ませて頂きました。脳神経科学を研究している人には、是非、読んで欲しい本です。なお脳科学として、以前、読ませて頂いた「「見る」とはどういうことか―脳と心の関係をさぐる」という本が面白かったです。この本の影響もあって、ぼくは講演ではいつも立命館大学の北岡明佳先生の錯視画を使わせてもらっています。坂井克之先生の「脳科学の真実」も、脳科学ブームへの警鐘という点ではお勧めです。

なお、藤田先生がニセ科学フォーラムで行った講演をYouTubeで見ることもできますし、ホームページもあります。

実は、昨日(2010/5/8)も、奈良女子大で特別講義をさせてもらった時に、科学と技術、正しいと良いの違いなどを話しながら、菊池先生と藤田先生の本の紹介をしました。(資料の一部をダウンロード)。上に書いた20回に1回ということは、20種類の薬を調べれば、1種類くらいは偶然効くという結果が出ても不思議ではない、というのも「科学的」な考え方で、だから一つだけの根拠ではなく、複合的に判断するのが、より科学的な考え方ということになります。科学では、絶対という言葉はほとんど使わないもので、基本的には「蓋然性」でしか語れません。(上述の菊池先生の著書では、絶対にありえないものの例として「永久機関」がありますが、医療・医学の世界での議論では、絶対がつけられることは、多分ありません。)そして、何よりも、「正しい」ことは常に「良い」ことではないし、有意差があることが、そのままあるものを選ぶべきだという結論にもなりません。90点の成績が91点になるようなサプリメントは、たとえ「有意差」があったとしても、強くお勧めすることが「良い」ことにはつながらないわけです。

今回、講義したのが管理栄養士さんの卵ばかりだったので、思わず、これを強調してしまいましたが、ぼくは医療者ですから、代替医療のこともよく聞かれるので、そのことは、またいつか別項に書きたいと思います。

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