書評:逝かない身体 川口有美子
こちらも医学書院・白石さんが手がける、珠玉の本がいっぱいの「ケアをひらく」シリーズの新刊です。
著者の川口有美子さんが、ALSを発症した母親の介護を通して経験した日常生活を、ディテールまで詳しく書いた本です。前項で紹介した、熊谷さんの本と異なり、実際にALSの介護を行う人には、非常に良いマニュアルにもなりうると考えるほど、徹底的に物理的?な日常が精緻に、あるいは赤裸々に描かれています。
ALSという病気に直接の興味がない人には、多分、川口さんの内面の葛藤と変化が興味深いと思います。特に、介護開始当初は、楽に早く死なせてあげた方が良いのではないかと考えたことが何度もあったのに、なぜ、その考え方が変わっていったかの過程は、こうやって、気の遠くなるような介護のルーチンの繰り返しを描くことでしか伝えられないと感じました。一つの本当の経験は、頭の中で作り出した、いくつもの理念よりも重い、としか表現できません。その意味で、是非、感想文ではなく、本書を全部読んで頂きたいと思います。
ただ、いくつか、断片的に印象的な部分を紹介させて下さい。
「わからないから殺さない」。本人にとっての最善だとか、もっとも気持ちのわかる家族による代理決定ということはよく言われますが、「本人にもわからない・混乱することがある」「当然、家族にだって本人の意志がわからない。わからないものを決めるのは単なる傲慢」という考え方は重いですね。
川口さんのお母様は、TLS(トータリロックトイン)という、全く意思疎通のできない、ALSの中でも最も重篤な状態になってから8年生きられたのですが、立岩真也さんの「自分がTLSになったら、CDを1000枚くらい、順番にかけてもらおうかな」というお気楽会話と、橋本みさおさんの「(介護する側に)根性がないから、TLSになるんだ」という過激発言は、どちらも含蓄があります。
最後に、男性視線でおかしかったのは、介護していた川口さん姉妹やヘルパーさんまでが、意思疎通ができなくなった後のお母様の耳元で、いろいろな相談ごとを話していたこと。そして、なおかつ、それはお母様のストレスになるから辞めた方が良いと看護師さんから注意されたということ。ここまで登場人物は全て女性。女性のストレス解消法のトップは、おしゃべりだったはずで、一方的にしゃべっても、きっと大丈夫なんだろうというのは、わかってはいたけど、再認識しました。それにしても、お母様の側も相談を受けるのは嬉しい部分もあったはずで、でも、やっぱり、言いたいことができるのに、しゃべり返せないのはストレスだったのか、是非聞いてみたかったなあと思いました。
# この文も、熊谷さんの本の感想文とともに、埋没されていましたが、せっかく書いたし公開します。
# 実は、お二人の対談が12月にあり、そのビデオも拝見しました。当事者と、当事者の家族というのは、立場がやはり異なりますし、病気の性質も、問題意識も、それぞれ違うのに、面白い対談でした。
The comments to this entry are closed.
Comments