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覚醒障害?中学3年生が父親を刺殺

昨日、中学3年生の女の子が、寝ている父親を刺し殺したというニュースがありました。
http://www.asahi.com/national/update/0719/TKY200807190040.html

まだ詳細は不明ですが、直前まで一緒にカレーを作ったり、映画を見ていたりしたことや、発生した時間が午前3時頃で、もっとも熟睡していた時間だろうこと、本人も「夢を見ていた」「記憶がない」と話していることなどから、覚醒障害(寝ぼけ症状)の可能性があると思います。

日本では、これまでどの程度の例が報告されているか知りませんが、アメリカでは覚醒障害によると思われる殺人が数例報告されていますので、参考になります。

英語ページですが、下記に詳しいです。(元ページがないので、アーカイブにリンクします)

http://sleepdisorders.about.com/od/sleepwalkingandtalkin1/a/moremurder.htm

http://sleepdisorders.about.com/cs/sleepwalktalk/a/sleepmurder.htm

この中に出てくる1987年のKenneth James Parksの例(*文末に注)は、実はつい最近、日本睡眠学会の講演でも話題になりました。このケースでは寝ぼけた状態で運転をして(それも途中で一ヶ所立ち寄って)、叔父さんの家まで行って殺人をしてしまいました。そのため、睡眠の専門医が、これを睡眠障害だと診断したことに対して、マスコミも社会も、「そんなわけないんじゃないか?」と、ずいぶん批判をしたようで、関与した医師は気の毒だったようです。ただ、動機の欠如、本人が即警察に行っていること、覚醒障害の既往、全体の行動の一貫性の無さなどから、専門医の診断は正しかったと考えられるとのことでした。そもそも、本人が、「睡眠障害のふりをすれば無罪になる」と考えて、このような行動をしたとは、とても考えられないわけです。

なお、ぼくは睡眠障害相談室というサイトを運営しているので、寝ぼけ症状の相談を受けることが非常に多いのですが、その時に、いつもお書きしていることは以下です。

確かに、睡眠中の行動で自分や他人を傷つけてしまうことはあり、心配になる気持ちはわかります。しかし、覚醒障害の症状は、ほとんどの場合、ほぼ無目的に見える自動行動だけで、包丁を持って刺すというような行動に結びつくことは、とても稀です。小学生までに睡眠時遊行症(いわゆる夢遊病)を経験するのは、多い統計では3割と言われていて、それだけでは、病気とか異常とは言えません。成長期におきるありふれた行動の一つです。そして、それが成人した後も残るのは1%程度だと言われています。

今回のケースが中学3年生という微妙な年齢なので、ぼく自身も、大変、驚いていますが、今後、彼女が殺人をしてしまった時の状態について、きちんと専門家が判断をして、その情報が公開されることを期待します。


(追記)1.この日、この子は風邪を引いていたようですね。夜間は発熱も多い時間帯なので、一つ前のエントリーにあるような、インフルエンザ時の異常行動のように、発熱や感染症による譫妄に、覚醒障害が加わったのかもしれません。
2.勉強しろと言われて、うっとうしく思ったことが動機かもしれないという報道がありました。そのような心理が夢の内容に影響を与えることがあったにせよ、夢の内容に本人は責任を持てず、また寝ぼけは寝ぼけで、やはり本人が責任を持てないことは確かです。
3.覚醒障害による異常行動は、衝動的な行動とは異なります。(どこかの新聞のサイトでは、「衝撃的」と書いてあって笑いましたが・・・確かに、衝撃的な事件ですが、衝撃的な行動だった可能性がある、って変です)
4.睡眠の直前・直後の記憶は残らないのが普通です。残っていない記憶の部分が、捜査の段階での質問の中で、「作り出されてしまう」ことが心配です。誘導尋問やら、逆に偽証やらの人為的な操作を心配するという意味ではありません。人間の脳は、記憶がない部分について思い出そうと強い努力をすると、つじつまがあうようにストーリーを作り出し、それを本人も本当の記憶だと勘違いしてしまうことが、よくあります。この件は、情報を読めば読むほど、覚醒障害の可能性が非常に高いと考えます。だとしたら、前後の記憶が曖昧なのは間違いありません。本人が、「普段から、自分は、心の底では父を嫌っていて、それが夢になって、衝動的に刺してしまったのだ」というように思い込んでしまうとしたら、とても気の毒です。寝ぼけは、誰にでもあります。そして、夢を見る時間帯は、脳の中で不安や恐怖を司る扁桃核の働き(特に右側だそうです)が強くなるので、起きている時には考えられない、とんでもない怖い夢を見ることは、全く異常なことではありません。覚醒障害で、間違って父親を刺してしまったのなら、彼女も最大の被害者の一人です。今回は本人にとっても大きなショックだったので、余計に自分を責めて、夢を見たのがきっかけで、「目は覚ましていたけど刺してしまった」というような話をしてしまうとしたら、本当に気の毒に思います。なお、そういう意味では、一番最初の供述である「夢を見た」「よく覚えていない」が、彼女にとっての「真実」だと考えるべきです。

(修正)文献をいろいろ調べていたら、1987年のKenneth James Parksの例は、「カナダ」の話でした。下記が報告した論文です。
http://www.journalsleep.org/Articles/170309.pdf

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Comments

事件直後の世間が騒然としている時期に自分の考えを明確に表明される勇気に感心しています。
ほとぼりが冷めた頃に「実は私は・・・と思っていた」と言う人は多いですが、この時期の発言は周囲の反応が激しいからです。

しかし、科学者であるなら、どうしても腑に落ちない事があることを言わずにいられないという気持ちも良く分かります。

この事件に関して、私も世間と同じような勘ぐりをしていた部分があったのですが、再発防止という観点でも色々な可能性について調べる必要があると感じました。

Posted by: bloom | 2008.07.23 11:48 PM

コメントありがとうございました。
重大事件で「心神喪失」が取り沙汰される時に、社会の反応は厳しいものがありますが、この件に関しては、ぼく自身が専門家でもあり、通常の精神科医はあまり知らないタイプかと思うので、敢えて意見を公開しました。
また前後に事件が続き、一緒くたに扱われているのが本人にもご家族にも大変気の毒です。今日の中日新聞の社説も、この事件を「故意のもの」と扱っています。
もちろん、たとえば虐待があったとかの可能性も含めて、いろいろな検証をする必要はありますが、彼女は精神疾患でさえなく、誰にでもあるタイプの寝ぼけ行動で、その「結果が重大だっただけ」という可能性が高いと思います。その場合には、残念ながら再発防止策はほとんどないですし、リスクとして受け入れざるを得ないですね。
世間的には、たとえ寝ぼけだということが認められても、それこそ、アニメの悪影響だとか、潜在的な恨みの気持ちがあっただとか、いろいろな憶測がされるでしょう。ただ、現在の睡眠の脳科学の知見からは、夢と深層心理には、ユング派が言うほどの、それほど強い関係はないとされています。誰でも、夢を見ている時間帯には、扁桃体が活性化されることがわかってきていて、それが、夢の内容に関係するようです。実際、夢の内容の7割以上が、不安感や恐怖感というネガティブな感情要素を伴うものだということがわかっていて、これは、日中の心理と強い相関はないようです。
かくいうぼくも、能天気な人間ですが、夢はえらく怖いものを見ることが時々ありますね。

Posted by: オーナー | 2008.07.24 11:27 AM

他のブログのコメントを見て、渡り渡って覗かせていただきました。
...初めましてです。....なるほどです。
私も小さい頃夢遊病でした...かなり広範囲な行動でした。
自分のした事を覚えていない恐怖は、いまでも、覚えています。

してしまった事だから、仕方が無い...ですまされる事ではない命の問題に、
自分の意識と無関係だから....罪が無いとは言えないかなっと....。
勿論、他の犯罪と区別して扱うべきなのは、納得できます。
専門家の鑑定が必要かもしれない事も、理解できました。
ただ、なんとも割り切れない部分が残っています。
まぁなんでも割り切れる物ではないので、いいのですけど。

専門医の少ない分野で、公共的に説得感のある見解を出すのは、
きっと、難しいことでしょうね...これから、陪審員制度が取られれば、
こうゆう鑑定士は必要ですよね...。

たまに、覗かせていただきます。

Posted by: RedMonkey | 2008.07.24 03:45 PM

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