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司法の限界

 昨日、東京地裁で杏林大学の医療訴訟の民事裁判の一審判決が出ました。2年前の刑事裁判の一審判決では、医師の過失(診察に不十分な点があった)を認定したものの、因果関係を認めず(たとえ正しく診断できていたとしても、救命できた可能性は低かった)、業務上過失致死罪ではないという判決でした。ぼくは、その判決に対して以下の意見を書きました。検察側は控訴しています。
http://sleep.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_3f04.html

 この時の裁判長の言葉は、「被告人は、隼三に対する診療行為において、「患者の病態を慎重に観察し把握する」という医師として基本的かつ初歩的な作業を怠ったことについて、その批判に謙虚に耳を傾けるべきであろう。」でした。

 今回の民事判決の詳細はまだ読んでいませんが、報道によれば、過失そのものを認めなかったようです。刑事裁判と民事裁判で判断が大きく異なったようです。

 裁判で一審、二審、三審の判決が全て入れ替わることがありますが、この事故のように刑事と民事で争われると、さらに結論がさまざまに異なるのでしょうね。ひとつの要因としては、医療訴訟においても、民事裁判では過失の有無を原告側が証明しなければいけないため、刑事裁判よりも過失認定に関するハードルが高くなるということはありそうです。刑事裁判では、公的権力である検察が証拠を集める力を持てるからです。
 このように、刑事と民事で明らかに異なる判断が下されることが続くと、患者側の立場からは、医療への刑事介入が、日本ではまだ必要だと考える意見が強まりそうです。その意味でも、とても残念な判決です。下記の記事によれば、「前例がないから想定する必要がなかった」とありますが、ぼくの理解では、刑事裁判の過失認定においては、「丁寧な診察をしなかった」ことが問題とされていました。もちろん「予見可能性」がある必要がありますが、「割りばしが脳に刺さっていること」を予見できなくても、子どもが転んだときには、重篤な外傷が隠れていることはありますから、まず大切なのは「丁寧な診察」のはずです。
 それにしても、この事故が起きたのは、もう9年も前のことです。そして、今回の判決が「一審」です。いつまで関係者は苦しみ続けないといけないのでしょうか・・・さまざまな意味で、「司法の限界」を目の当たりにすると、患者側・医療側にとってより良い制度を早く作るべきだと思います。

2008/02/12-17:44 診察医師の過失認めず、遺族の請求棄却=男児割りばし死亡事故-東京地裁
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_date1&k=2008021200597
 東京都杉並区で1999年、杉野隼三ちゃん=当時(4つ)=が割りばしをのどに刺し死亡した事故で、医師が適切な治療を怠ったとして、父の正雄さん(56)らが病院を経営する学校法人杏林学園(三鷹市)と医師に総額約8900万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が12日、東京地裁であった。加藤謙一裁判長は「頭蓋(ずがい)内損傷を予見することが可能だったとはいえない」として、遺族の訴えを棄却した。遺族側は控訴する方針。
 杏林大付属病院で担当医だった根本英樹被告(39)は業務上過失致死罪で起訴され、一審は過失を認定したが、死亡との因果関係を否定し、無罪とした。民事訴訟では過失も認めず、遺族にとってはより厳しい判決となった。
 加藤裁判長は、過去に同様の例が報告されたことはなかったとした上で、事故時に大量の出血もなく、医師は隼三ちゃん本人が割りばしを抜いたと知らされていたなどと指摘。「割りばしが頭蓋内に入った可能性を考える必要があったとまではいえない」と述べた。

また、今朝の熊本の地元紙は、一面のコラムでこの話題を取り上げています。

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Comments

2年前の文章も読ませて頂きました。
とかく感情論になりがちな事件を冷静に分析されてると思います。
ただ、刑事で「丁寧な診察をしなかった」ことが問題ってのは今でも違和感があります。逆に民事だったら納得したかも知れません。
ちょうど、サヨナラホームランを打たれたリリーフピッチャーが「丁寧な投球をしなかった」と裁かれてるような気がします。そして、それを犯罪として裁くのは間違いなく誤りです。

Posted by: のほほ | 2008.02.14 at 12:36 AM

犯罪として裁く=刑事事件とする、という部分については、ぼくも、その方が「良い」とは考えませんが、業務上過失致死罪という過失犯が刑法にある以上、一般論として「間違い」とは言えません。
リリーフピッチャーが、明らかに何のやる気も見せず、初級から、わざとキャッチボールのようなゆっくりしたボールをど真ん中に投げてホームランを打たれたら、「犯罪」ではなくても、観客からは暴言が飛んできて、シーズンオフには解雇でしょう。
もちろん、いつもそんなボールを投げているわけではないし、多少、ゆっくりのボールでも相手が打てないだろうと高をくくっていただけで、本人は「故意に打たれる」つもりではなかったかもしれません。それに連投ですごく疲れていたとか、いろいろな事情はあったとしても、やっぱり責任は問われると思います。
ただ、ぼく自身は「結果」や「因果関係」を問題にしない方が、医療の質を良くするためになるのだろうと思いますが、青い鳥みたいですね。

Posted by: オーナー | 2008.02.14 at 01:05 AM

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