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冷静な議論

先日NHKスペシャルで「感染爆発」という番組を見ました。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/080112.html

この中で予防接種や薬の副作用を考える時に、今の日本人の文化では「冷静な議論」は難しく、思い切った対策は難しいのだろうと感じました。ただ、「思い切った対策が取れること」が、良いかどうかは、また別の視点です。トロリー問題(脚注)に出てくる例で言うと、日本人は、どの「ひとり」も身近に感じられるということで、それはそれで、「日本の良さ」の一面であるのかもしれません。

昨年、学生時代にお世話になった養老先生と、いろいろおしゃべりする機会がありましたが、その時に聞いた話がインタビューに出ていました。

以下のURLは、登録しないと読めないので、引用させてもらいますが、この「コベントリーの空襲」の話は、非常に印象深いです。

http://www.m3.com/tools/Healthpolicy/chapter3/index.html
養老:日本でなくても、求める医療の形は、国ごとに、社会状況を映して違ってくる。社会階層がはっきりしている国では、階層ごとでも違ってくるでしょうね。
 ところで最近、「医療崩壊-『立ち去り型サボタージュ』とは何か-」という本を読んだのですが、イギリスの医療が、医療崩壊の例として取り上げられていました。予算が切れたから、今年はもう患者は診ないなんていう病院が出てきた状況が書かれています。これは医療崩壊なのか――僕は、ちょっと違う見方をしたほうがいいんじゃないかと思う。個々人の患者さんの診療に最善を尽くすことが、社会全体から見て、どれぐらいのメリットがあるかどうか――、そうした視点がイギリス人はかなりシビアなんですよ。
 僕はイギリス人の国民性を話すときに、よく、「コベントリーの空襲」を例に出します。第2次世界大戦中、イギリス情報部がナチの暗号を解読し、コベントリーという町が空襲されるのを知った。日にちまでわかっている。でも政府はいっさいの情報を漏らしませんでした。結局、コベントリーは空襲を受け、かなりの人が死にました。しかし、イギリス人が戦後、その事実について文句を言ったとか、デモをしたなどの話は聞きません。コベントリーの被害と、自分たちが暗号を解読しているとドイツ側にわかってしまうことによって生じる被害を秤にかけ、冷静に判断をしているのです、彼らは。僕は、日本人は、割合そうした冷静な客観性を持っていないと思う。日本で同じケースが起きたら、おそらく人々に知らせて町が空になり、たちまち暗号を読んでいるとわかっちゃうでしょう。
 言いたいのは、医療を根本的なところで「良くなった」、「悪くなった」と言うときに何で測るか――日本では、客観的な基準がはっきりしていない。もちろん、患者さんのニーズに基準を置いたら、客観性など求めようもないですよね。ホテルならば、お客さんの数で比較できますが、患者の数で医療機関を比較するのは、現在の日本の健康保険制度に矛盾することになるでしょう。何を持ってして、いい医療、悪い医療と言うのか、おっしゃっている方にうかがいたいですね。

(脚注)トロリー問題
 このブログにどこかに書いたつもりだったのですが、見つからないので、ごく簡単に。倫理学の思考実験?ですが、暴走してくるトロリー(トロッコの方が通りが良いかもですね)のレール上に5人の人がいる。このままでは、確実に5人が轢き殺されてしまう。その手前にはポイントがあり、それを切り替えればトロリーは別の方向に向かうが、その方向にも1人の人がいる。この時、スイッチを切り替えるべきか?あなたなら、とっさに切り替えるかどうか?という質問です。多くの人は、切り替える、つまり5人が死ぬより一人の方がましだろうと答えます。
 ところが、スイッチではなく、目の前にいる一人の人(自分の知り合いではないとしても)を、「突き飛ばして」トロリーを止めることができる状況で、自分で手を下してその人を「突き飛ばすか?」という質問に変えると、突き飛ばさないと答える人が増えます。つまり、理性的には同じように見える質問でも、異なる答になる。この「差」は何だろうか?ということです。脳科学的な根拠から、身近な問題・決定には、より強く情緒(情動)系が働き、理性的判断を上回ると考える見方もされるようです。
 コベントリーの例で言えば、他人が、暗号を市民に「伝えない」という決定をしたことは評価できるけれど、自分自身がその決定をするのは、すごく辛くて耐えられないかもしれない、あるいは、コベントリーの市民が自分の家族と同じ、と思えば、「冷静な=冷たい」決定ができないわけです。
 このような決定のあいまい性は、一人称、二人称、三人称での決定の「差」と同じで、価値観が対立する問題を考える上で、とても重要です。下記のURLも参考に。

道徳性の神経生理学
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02734_04


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