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あと80年しか生きられない不治の病・・・/小澤竹俊「いのちはなぜ大切なのか」

友人の小澤先生に送ってもらって、新刊を読みました。

いのちはなぜ大切なのか (ちくまプリマー新書 67)
小澤竹俊 (著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4480687688/

このシリーズは新・新書という感じで、新書よりさらに文字数が少なくて、あっという間に読めますが、内容は薄いどころか、得られるところ満載の本でした。

内容は是非、読んで頂くとして、印象に残った点に関して・・・

医療の現場にいると、死を身近に感じますし、死を身近に感じて欲しいと思ってしまいます。メメント・モリという言葉も好きです。それが高じて、赤ちゃんが生まれた時には、医者は深刻な顔をして、「あなたは、残念ながら不治の病にかかっています。平均すれば、あと80年、それまでもたない可能性も充分あります。残された人生を、精一杯楽しんで下さい。」と話すべきだという冗談を書いたこともあります。

でも、赤ちゃんは自分がmortalであることがわかりません。心理学的な研究に詳しいわけではないので、素人の感想ですが、それがわかるのは、個人差があるのでしょうが10歳前後からなのかなと思います。その年齢になって、初めて人は自殺を始めますね。少なくとも幼稚園児の自殺は聞いたことがありませんので。このあたりの年齢までは、灰谷健次郎が言う、子どもの(底なしの)楽天性があるのでしょう。

ぼくは、自分が死を意識した「日」をはっきり覚えています。小学校4年生でした。別に何か特別なことがあったのではないのですが、自分の両親がいつか死んでしまう、自分もいつか死んでしまうということに、なぜか急に寝る前に気がついて、考え始めたら涙が止まらなくなって、眠るまで一人で泣いていた強烈な記憶があります。でも、翌日は、何ということもなく、また学校に普通に行きましたので、たいしたことではなかったのかもしれませんが・・・

死は、通常は意識しないもので、非日常的なものの究極であり、とりつく島のないもの、です。死、そのものは、決して乗り越えられないし、死の恐怖・不安そのものは、どのような方法でも取り除くことはできない。しかし、考えてみれば、それまでの「日常」と、死を意識した後の「日常」も、日常である点では変わらない。

小澤さんの本に直接出てくるわけではありませんが、この「日常」というのは、大江健三郎さんが良く主題にするハビット(トーマス・アキナスの考え方から引いたとのことです)ですね。

それを、どう大切にするのかで、余命半年、という言葉を受け止めた後が変わるのでしょう。

そうそう、小澤さんが、熊本で開かれる「死の臨床研究会」の公開講座で、実際に中学生相手に「いのちの授業」をされるそうです。楽しみです。

第31回日本死の臨床研究会年次大会 in 熊本
http://jard31.umin.ne.jp/


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