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科学でも理性でもない・・・

ぼやきですが・・・
延命治療の中止に関する議論が華やかなようです。羽幌病院で呼吸器を止めた医師は起訴猶予になり、同業者としては良かったと思う一方で、グレーゾーンが広がって、現場では困るケースも増えそうです。普通の意味で良い人が、普通の良い人がするべきと思われるレベルの行為をして、殺人罪で罰せられるとしたら、それを普通としてきた社会なり教育なりが悪いです。ですから、それが普通であってはいけないと思う人は、社会なり教育なりを変えていかなければいけないわけで、普通の個人を罰するところに問題を落としてもなあと思います。
ただ、ある人は、「呼吸器を(敢えて)つけない」ことと、「一度つけた呼吸器をはずす(止める)」ことは、同等だと言います。確かに、『理性』的に考えると、そうかもしれません。しかし、『感情』的にはどうでしょうか?
また別の人は、「意識がないのなら苦しくはないのだから、苦しそうに見えて可哀想だから呼吸器をはずすのは間違っている」と言います。確かに、『理性』的に考えると、そうかもしれません。しかし、『感情』的にはどうでしょうか?
ダマシオ的には、ここは『感情』ではなくて、『情動』とすべきですが、『情動』には、科学的にも理性的にも理由づけできないのではないでしょうか・・・
以下、議論が飛躍しますが、単なるぼやきですから、お許しを・・・

医学は科学だと勘違いしている人が、最近は増えているようです。
もちろん医学は科学的であろうと努力しています。
しかし、医学の多くの部分は科学ではなく、単なる経験則です。
経験則って、直感とか感情に基づいて発展してきたわけです。
太陽が動く、が、直感であり、地球が動く、は、『理性』の理解ですね。
確かに「地球が動く」という科学的に事実に従って行動すべきことも多々あるでしょう。
でも、ほとんどの人は「太陽が動く」と思いながら行動しているのではないのでしょうか?
医学なんて、せいぜい、そのレベルです。

変な例ですが、ホメオパシーって御存知でしょうか?
ホメオパシーは、毒素を限りなく薄めて、それを薬として使う治療法です。
「理論的」には1分子も、その物質がないくらいまで限りなく薄めても効くとされているので、
科学的に考える人は、信じません。近代西洋医学では無視されています。
もちろん、ぼくも全くそんなものに効果があるとは思えません。
でも、ホメオパシーを笑い飛ばす人でも、たとえば検尿に使ったコップでお茶を平気で飲める人は少ないんじゃないのかな?
何回か洗えば、「科学的に考えて」おしっこの分子なんて、1分子もコップの表面には残らないでしょう。
でも、やっぱり嫌ですよね?そこで嫌と思う人が、ホメオパシーを笑い飛ばせるのでしょうか?
世の中の価値観・・・倫理観でも良いですが・・・は、科学でも理性でもないものに支配されている部分が多いのに、それを科学や理性の議論に持ってこようとするから、混乱がある気がします。
まあだからどうのこうの言う気は無いのですが、延命治療の是非ひとつをとっても、
是か非のどちらかを強く主張する人には、ついつい反論したくなる今日この頃です。
だって、その場にいたら、どちらに自分の『情動』が動くか、自分でもわからないので。

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Comments

ですが、ホメオパシーを笑い飛ばすことはできません。

どうしてホメオパシーを信じるのかに科学的な興味があります。

Posted by: 検尿に使ったコップでお茶を飲める人 | 2006.08.14 at 02:43 PM

どこからどこまでを説明することが「どうして」に対して「科学的」に答えることになるのか、という問題はありますが・・・
たとえばアトピー性皮膚炎の人が、「どうしてその病気になるのか?」と問えば、「アレルゲンに対して過剰な反応をするから」、では、「どうして過剰な反応をするのか?」と問えば、「遺伝素因として○○があるから」などと一応の答はできます。しかし、「どうして(あなたではなくて)私がこの病気になったのか?」という問いには、「科学的には」答えられませんね。まあ、「どうして」を3回繰り返したら、普通、どんな問いにも答はありませんが・・・
「科学的ではない」と頭ではわかっていながらも、ホメオパシーを信ずる(信じたいと思う)人は、この後半の問いに対する答を求めているのかもしれません。

Posted by: オーナー | 2006.08.14 at 10:00 PM

どうも! 何かと、理不尽なことの多すぎる「ご時世」です。「医学と医療」の解離(?!)については、もう少していねいな検証が、求められているようているに感じます。通常、我が国では「科学」といえば、欧米由来のものを基礎にしていますが、「科学」という言葉を使うとき、「近代日本」そのものを、どうとらえていくかという、根源的な問題に突き当たることが、しばしばです。
科学者の「迷い、途惑い、困惑・・・」そうしたものを、どのような形で人びとに、普遍化していくのか、いけるのか?! そんなことを感じるさせる、粂さんのブログでした。イヤー、なかなかと、いろいろとむずかしいですね。

Posted by: 谷口硝子 | 2006.09.04 at 02:04 AM

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