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善はあるのか?・・・または、私は哲学者になりたかったのになれなかった落ちこぼれ・・・

哲学・倫理学とは、本当に役に立たない学問の癖に時間がかかる学問で、考え始めると時間ばかりが過ぎます。こんなくだらないことを考えるために、これまでの人生で、いったいどれだけ本を買い、時間を費やしてきてしまったのかと思います。誰の役にもたたないようなことを考えることに時間を費やさなければ、今頃もっとたくさん自分の分野で「業績」をあげていたに違いない、自分はやはりしょうもない人間なのかとも思います。と同時に、その時間は自分にとって、実はとてつもなく大切な時間であり、その時間がなかったら、今、自分が生きている価値が今わかっていない以上に、もっとわかっていなかったのだろうとも思います。だいたい頭の中だけで考え続けるなどということは、およそ人間以外の動物は決して行わないことで、哲学者の書籍を読むたびに、この分野は頭の良い人ばかりで、全くかなわないなあとも思う今日この頃・・・
先日のシンポジウムで、自分としてはやはりほとんどわかっていない「良心」と「良心的行動(=善行)」について話す羽目になり、結局、それなりに伝わり易い言葉を選ぶために、「世の中には、『善ではないもの』と、『偽善』しかない」と話しました。良心とは、善とは、と考え始めると、いつもとりあえずの結論として行き着くところは、世の中には善などない、善人などいないという考え方です。これはこれで、一つの割り切り方です。現実の世界の中では、とりあえずその時点、その時点で割り切りながら歩いていくしかない。でも、割り切って一歩進んだ瞬間に、すぐまた割り切れなくなって迷う、の繰り返しです。

昨年読んだ中島義道さんの「悪について」は、まさにぼくのこういう疑問に正面から答えようとしている本でした。

彼によれば、「道徳的センスとは、善とは何か、悪とは何かという問いを割り切ろうとしないセンスである。しかも、懐疑論に逃げ込まずにえんえんと追求し続けるセンスであり、納得しないセンスであり、そのことに悩むセンスである。」とのことです。

ひどい結論です。割り切るな、納得するな、わかった気になったら、その瞬間におまえは(俺より)悪人だ、ということでしょう。しかし、人生は死ぬまで勉強だろうなと「割り切っている」ぼくには、わかる気もする結論でした。

なんて、本当は、「語りえぬことについては、沈黙しなければいけない」のでしょうけど・・・

(単なる逆説的なつぶやきですので、哲学や倫理学を冒涜するものではありません。)

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Comments

最近考えていたことですが、「人間として生きる上で、これだけは譲ってはならない、という必要最低条件とはなんだろう」「それは人として卑しくないこと」なのではないか。
品位も気高さも正しさもいらない。ただ「卑しくあってはならない」。そう考えると、本当に人間には貧富も地位も学も、二の次であることのように思えます。
作為して品格を求めれば、それはすなわち俗です。だから必要なことは「卑しくないこと」だけを作為なく求めること。って、言葉にするとかなりいやみっぽくなってしまうんだけれども。

Posted by: 志治美世子 | 2006.05.07 at 11:25 AM

つたない私の頭で理解しているかどうかは怪しいですが、先生のお考えわかるような気がします。
私も昔、「いい人」といわれたりなんかする時があって、しかし、自分がそんなにいい人でもないことは自分が一番よく知っているわけで、行動が偽善なのではないかと悩んだ時期がありました。それで、偽悪に走ったりもしましたが、考えた末に、偽善でよいのだという結論で現在に至っています。絶対の善人なんか存在しないのですから。

偽善を気付かずに垂れ流す独善的な人は迷惑ですが、偽善を「偽善である」と自覚し、恥じながら行う分にはよいのではないかと今は思っています。
特に医療に携わる者は思いっきり偽善者であるべきですね。

たまたま通りすがりですが、言いたいこと書かせていただきまして、失礼します。

Posted by: 高橋政代 | 2006.05.13 at 04:16 PM

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