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裁判長の言葉

7年前に、4歳の杉野隼三(しゅんぞう)くんが綿菓子の割り箸による事故で亡くなった時の医療に関して、担当医が被告として刑事責任を問われていた裁判の一審判決が言い渡されました。

「予見義務や結果回避義務を怠った過失があるというべきであるが、過失と死亡との間の因果関係の存在については、合理的な疑いが残るので、被告人は本件業務上過失致死被告事件について無罪である。」との判決でした。

刑事裁判では、「疑わしきは罰せず」が原則です。「救命・延命可能性がきわめて低かった疑い」を裁判長が持った以上、妥当な判決だと考えます。


本日の朝日新聞の天声人語もこの件について取り上げています。
http://www.asahi.com/paper/column20060330.html

これも含めて、これまでの報道を読むと、この判決について、付言で裁判長が述べた言葉の断片が示されています。しかし、私が重要だと思った点を直接引用しているマスコミが、残念ながら少なく、がっかりしています。その部分を強調して、下記に、判決要旨の付言の部分を引用します。この部分は、被告側、検察・被害者側の双方の感情を解きほぐすようで、裁判長の人柄が見えるような名文だと思います。

(4月21日追記)
この判決について、検察側・遺族側・被告側、また法律家の立場からのいろいろな批判があります。特に因果関係の部分については、今回の要旨では簡単すぎて、判断の根拠が不明ですから、全文を早く読みたいという意見もあります。また付言は良い文だと思ったのですが、こんなところは評価するような部分ではないという意見もあります。その点について、元検事の方のブログを見つけましたので、こちらに紹介しておきます。

元検弁護士のつぶやき
http://www.yabelab.net/blog/2006/04/05-145002.php

3.最後に  
 被告人は、隼三に対する診療行為において、「患者の病態を慎重に観察し把握する」という医師として基本的かつ初歩的な作業を怠ったことについて、その批判に謙虚に耳を傾けるべきであろう。隼三は、診察時において、その小さな体で生命が危険な状態にあることを訴え続けていたのに、被告人は、搬送先が第1次・第2次救急の耳鼻咽喉科に決定されたことや、意識清明、バイタルサイン正常などと救命救急士から申し送られたことといった事前情報を重視するあまり、隼三が発するサインを見落とし、救命に向けた真摯な治療を受けさせる機会を奪う結果となったのである。隼三は軽症であると診断され、安心して帰宅したはずであったにもかかわらず、その翌朝には予想だにしなかった隼三の不帰を迎えることになった文栄ら遺族において、苦しむ隼三のために最善を尽くせなかった悔悟の念が消え去ることはなく、その心情は、察するに余りあり、同情を禁じえない。
 しかし、その一方で、本件は、被告人にとっても不運な側面を有していたことも否定できない。受傷機転が類例を見ない特異なケースであったこともさることながら、被告人は、日ごろ生死に直面した患者を扱うことが殆どないと思われる耳鼻咽喉科の専門医であり、臨床経験3年程度のまだ駆け出しの部類の医師であったため、教科書的な処置の範疇から抜け出せず、他科の領域に属する病態を想起するには至らなかった。被告人が他科の専門医に相談しようと思わなかったのが、他科との垣根の高さが背景にあるとするならば、これが解消されなければならないことは論を俟たない。診療科目の豊富さだけでなく、他科との連携により相乗的な専門的医療行為を享受できるところに総合病院の存在意義があり、杏林大学病院は、わが国屈指の人的・物的設備を誇る総合病院としてその要請は高いものがある。本件は、医療従事者に様々な課題や教訓を与えているところであるが、これもその1つといえよう。
 そして、本件以後、口腔内の異物外傷事例であってもCT検査を実施する傾向が見られるようになったことがうかがわれるが、それが本件の最大の教訓であると位置づけるのは、必ずしも正鵠を得たものとは言えない。本件において隼三が遺したものは、「 医師には、眼前の患者が発するサインを見逃さないことをはじめとして、真実の病態を発見する上で必要な情報の取得に努め、専門性にとらわれることなく、患者に適切な治療を受ける機会を提供することが求められている」
という、ごく基本的なことなのである。
 本件が語るところを直視し、誰もが二度と悲惨な体験をすることがない糧とすることが、亡隼三への供養となり、鎮魂となるものと考え、判決を締めくくるに当たり、敢えて付言した次第である。
(求刑 禁錮1年)
  東京地方裁判所刑事第16部
           裁判長裁判官  川 口 政 明
              裁判官  渡 邊 英 敬
              裁判官  佐々木   公

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Comments

歯科医の森 広といいます。
参考にさせていただきました。
http://homepage1.nifty.com/milupon/
どうもありがとうございました。

Posted by: 森 広 | 2006.04.22 at 02:55 PM

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