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これ以上、医療者の逮捕を出さないために

この文は、最初、「何のための身柄拘束?」との題で書き始めましたが、少し建設的なタイトルにしました。

一般メディアでは、あまり話題になっていませんが、福島県の産婦人科医逮捕の報道は、医療者関係者の間で、大きな波紋を呼んでいます。産婦人科学会も、緊急のコメントを発表しています。情報は、こちらのブログに詳しいです。

私は、これまで、医療事故(過失の有無を問わず、予想外、または発生頻度の低い悪い結果が起きた場合を事故と、定義しています)に対する、刑事責任追求について、現状では「必要悪」という立場でした。(過去の意見の、2.と3.などを参照)
そして、どちらかといえば、「必要」の部分が「悪」を上回ると考えてきました。

というのも、富士見産婦人科事件などのように、故意により患者に被害が与えられたにもかかわらず、警察が刑事立件をあきらめ、民事のみの救済しか行われなかったという歴史があったからです。この事件のような悪質な件でさえ、あたかも捏造事件のように擁護してマスコミのせいにしようとするような、身内をかばいあう閉鎖体質が医療界にはあり、それを打破するためには、外部の検証も必要と考えていました。

ただし、富士見事件は上に書いたように、捏造だと強く主張する人たちもいるので、例としてあげるのは適当ではないという人もいるでしょうが、私の意見は、この件だけからではありません。私自身も、10年ほど前に、別のある病院で、事前説明が全くないまま、別の目的の手術中に大きな異常のない子宮を全摘されて、医療不信に陥って、その病院を術後数日で逃げてきた若い女性の患者さんと知り合ったのが、医療を変える活動に参加する契機になっています。

理不尽な医療、心無い医療が行われた時に、被害者が頼れるのは、現在のところ、警察しかありません。また、刑事・民事を経ないで示談だけで処理された時には、再教育などの質の向上面での対処も不充分です。

でも、この数年の急速な社会状況の変化の結果、「悪」の部分が大きくなりすぎて、「必要度」を超えたかもしれません。逮捕は、起訴とは異なるわけで、この段階で批判するのは過剰反応だという意見も聞きますが、逆に言えば、医師が自らの医療行為の判断について、まだ起訴される以前に、逮捕され取調べを受け、実名報道されているわけで、波紋は当然と思います。

悪意のある悪質な医療に対しては、今後も警察の関与は必要ですが、医療水準に関する「過失」の有無に対して、警察が逮捕という形で捜査を進めることが一般的になるべきとは思いませんし、「医療の質」を警察に問わないといけない時代は、早く終焉させる必要があります。

この点では、患者の取り違えや、輸血型の間違いなどの明白なミスと、医療水準が標準に達しているかどうかに関わるミスの二種類があるという考え方があります。しかし、法律的に、この分類に反対する意見があり、私自身も、区別は難しいという立場を取ってきました。グレーゾーンがあることと、医療水準にかかわる問題とされた場合に、それを裁定できる組織もないため、区分に意味がないと考えていたからです。私の理想では、どちらも、刑事ではなく、第三者機関で裁定すべきと考えていました。

しかし、今回の件は、明らかに後者に属するでしょうし、第三者機関ができるまでは、やはり区別をするべきと考えを変えるようになりました。

今回の件は、不幸な転帰で、患者さん自身にも、ご家族にも大変、お気の毒な件でした。しかし、報道によれば、事故発生後、病院は調査委員会も作って謝罪もし、補償についても、交渉中とのことです。もちろん、確かに、異状死として届出をする義務はあった可能性があります。実際、最近は、大学病院などでは、術中死亡があった場合などは、原則として警察に通報する病院も増えています。しかし、そのことだけが、事故発生後1年以上経って、おまけに警察が捜査を始めてからでも何ヶ月も経ってから、逮捕・身柄拘束を行う必然性にはつながらないでしょう。

(PDF版の調査報告書「FukushimaReport.pdf」をダウンロード

報道もされていない何らかの事実がある可能性は否定できませんし、この件に関しては、この報告書と、ネット上で流れている情報しか持ちませんが、その限られた情報の範囲内では、刑法の謙抑制の原則から考えても、今回の逮捕は、理不尽だと思います。いずれにせよ、逮捕が必要と判断したのなら、当然、もう容疑を固めて起訴準備をしているはずなので、早急に立件して、被疑者医師を保釈して、裁判の場で、司法・国民の判断を受けて欲しいです。

【と、書いていたのですが、結局、勾留期限内(3月1日?まで)に送検起訴できず、勾留期限を延長したそうです。つまり、すぐに送検起訴できるだけの捜査は行われていなかったということでしょう。また、未確認ですが、この先生自身のお子さんの出産がもうすぐという時期に逮捕され、勾留中に出産されたとのことです。産科医が、自分の子どもの分娩に立ち会えないというのは、なんともお気の毒なことです。送検=>もちろん起訴です。上に起訴って書いているのに、こういう法律用語って、実感が全然ないから間違えます。】

【ある弁護士さんの意見によれば、警察は勾留期間は実務的に20日間は当然と考えているのだそうです。(-_-;)】

医療事故を業務上過失傷害・致死罪で断罪することに関しても、さまざまな意見がありますが、現状では刑法が適応されるのは、しかたないでしょう。

しかし、司法関係者や、一般の市民に知ってほしいのは、医療の不確実性です。

その点で、医師の逮捕の前例である、慈恵医大青戸病院での事故に関する下記書籍は必読です。

慈恵医大青戸病院事件―医療の構造と実践的倫理
小松 秀樹 (著)

この本の中で、小松医師は、現状の医療界の問題点を語った上で、なおかつ、医療に刑事手続きを持ち込むことの問題点を指摘しています。

現在の技術でも、分娩時に胎児死亡、母体死亡は、一定の確率で起こります。その全てに対して、当事者の医療者は、「あれをこうすれば、もしかしたら助かったかもしれない」という気持ちを持ちます。その後悔した点が、もし100人の産科医の中で99人が思いつくことをしなかった、という場合には、確かに、過失として、刑事責任を問われるべきなのかもしれません。しかし、100人のうち1人だけが思いつくようなものだったとしたら、どうでしょうか?肉親を失くした家族からすれば、当然、自分の主治医には、100人に1人になって欲しいですよね?でも、もしそれを要求して、その1人になれなかった100人中の99人の医師を責めるとしたら、医療は崩壊します。

では、100人中何人の医師なら助けられたものを、助けられなかったら、罪人として裁きたいのでしょうか?100人中50人でしょうか?100人中10人?

私は、きちんと患者に向き合わない心無い医療や、嘘をつく行為は、今後も断固として糾弾したいと思います。また、これまでの医療裁判では、100人中99番目未満の医師の行為でも、難しい医療だったという詭弁で、医者側が責任を問われなかったことが多かったことも知っています。ある弁護士さんの感想で、医療者側が悪いのが8割で、でも、医療者側の敗訴は3~4割、という話も聞きました。そのような状況を変えるための活動もしてきました。ですから、今回の件の医師の対応が、もしそのような不当なものだった場合には、この意見も撤回しますし、逮捕もしかたないと思います。しかし、今の段階では、逮捕は不当・不要だと考えざるを得ません。

ただし、今後、このような状況を変えていくためには、医師がプロフェッショナリズムを持つことが重要です。やはり、自浄作用を持つ職能団体を確立して行くことが最も重要です。現在の医学会の重鎮の先生方には、是非、そのような方向で、現在の日本医師会に代わる、真の医師の団体を作って欲しいと、切に願います。

また、無過失補償制度、第三者機関によるADR、免許更新制や行政処分の強化による質の担保、なども当然、必要です。それらの結果として、警察の関与が自然に減るのが望ましいわけですが、その整備ができるまでは、少なくとも、逮捕は勘弁して欲しいと願います。また、ADRを行う第三者機関には、かなり強力な権限(たとえば、医師免許停止や、再教育の命令など)を持たないと実効性がありません。この点では、アメリカの各州にある医師免許更新局が一つの手本になるでしょう。


最後に、是非、医師の状況や本音も知って欲しいと思います。

たとえば、下記のブログの心優しい産婦人科医のコメントは、同じ医師として、痛いほどよくわかりますので、引用します。

産婦人科を選んだ理由、辞めたい理由

でも、そんなやりがいも上回る厳しい現実。

それは(医者の)労働条件です。

大抵、地方の総合病院で働く常勤勤務医は夜当直しても朝からまたいつも通りに仕事、通常業務が終わって夜やっと帰宅です。普通の科の医者は一人あたり3~4回/月、そんな連続36時間に及ぶ労働を我慢している所、産婦人科は2~3人でそれを回していて、下手すると月の半分近くがそんな毎日です。

(中略)

もう一つ、人間不信。

誠心誠意尽くしていても時々起きてしまう医療事故、まれにミス。
取り返しがつかない仕事なだけにあってはならないことだけど、こっちも自己犠牲の上に毎日ぎりぎりでやってるんだよなぁ。
ことが起こった前後の患者さんやその家族の豹変振りったらない。
出産は特に、結果が悪ければそれがすべて。
そこに至る医学的な経過や不可抗力はまるで理解されない。聞く耳なし。
患者さんの顔みるのも憂鬱になる。
毎日ビクビク、萎縮医療。
医学の質もこっちのモチベーションも下がって、全く悪循環。

人は生まれてから交通事故にあう確率より出産時の事故の死亡率の方が高いらしい。
なのにどうしてみんな交通事故の保険に入るのに、出産のときには心配しないの?
どうして全員が元気で生まれて当たり前なんだろう。
なんで生まれた赤ちゃんが具合悪いとこっちのせいなの?
確かに中にはホントに医療側に落ち度があるときもある。
でもそれはほんの一部で、そういうのは正しく裁かれればいいと思います。


(2006年3月3日:ほぼ最終稿 4日微修正)


【追記】

ご本人が謝罪されているという情報を知り、この逮捕は不当であるという意見に、より確信を持つことができましたので、追記しておきます。良心的な医師ならば、自分の医療行為が100点満点などと思うことはありえません。たとえば、自分の行為は80点くらいで、もしかしたら90点をとれる、より名医もいたかもしれないと思う。だから、もう少し頑張れたのかもしれないと反省し、その点に関して、謝罪をするのが当然です。上にも書いたのですが、100点を常に取れる医師はいないことは、断言できますが、90点を取れる医師がいれば、80点の医師の行為は、業務上過失致死罪で断罪するべきだ、とは、考えにくいです。80点は、クラスでも、上の方の成績だったかもしれませんし、合格点ははるかに超えているわけですから。(今回の件が80点かどうかは、産婦人科医ではない私には、採点はできませんので、点数は一例です。)

http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/03/_5_d2d0.html

加藤医師:本人意見
(ゆっくり話されたのでこの部分の記述は正確だと思います)

「A子さんと遺族にたいして申し訳ない 哀悼の意を表したい
通常通りの手術を行って 結果は申し訳ないとしか言えないが
自分はベストを尽くしやるだけのことをやった
結果は本当に申し訳ないと本当に思っております
以上です」

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Comments

私ごときの記事、引用していただいて感動です。ブログ拝見しました。より良い環境になるために何かできることがあれば・・・、と思う日々です。また来ます。

Posted by: kurukuruX | 2006.03.04 at 03:39 PM

当事者になってしまうと、なかなか本音が言えませんし、公的な場では、どうしても、正論ばかりになってしまいます。普段から、建前だけではない現実や本音を、わかってもらえるように努力しないといけないのだろうと思っています。

Posted by: オーナー | 2006.03.04 at 09:56 PM

東京都の医師会が、声明を発表しました。このような動きは、これまでの医師の逮捕事件ではなかったことです。危機感が良い方向に働くことを期待します。

http://www.tokyo.med.or.jp/kaiin/news/detail.php?NI=NW00198

Posted by: オーナー | 2006.03.05 at 02:19 PM

一般人の素朴な疑問ですが。。。この件(に限らずいろいろなケースで)、最初に、「運の悪い不可抗力の死」ではなく、「事件性のある死」、という疑いを持ったのは誰なのでしょう。どういう根拠でそう、思ったのでしょうか?本当は不可抗力な要素もあると思うのですが、その中で、何が許せなかったのでしょう?

Posted by: y, yuriko | 2006.03.05 at 05:23 PM

こんにちはここではHNにさせていただきますが、PM一般会員です。
今回の事件については、患者遺族としても何故刑事!?という疑問を抱きました。医療行為事体故意による過失はなかったですし、医師法21条違反をあげていますが、それだってせいぜい書類送検で済むことではないか!?と感じています。

しかし、今回の事件とは別の話しですが私の妻はVBACによる子宮破裂で亡くなりましたが、このVBACのガイドライン一つとっても日本には存在せず、アメリカのガイドラインから各医師、病院が個々の判断で受け入れ施設の可否を判断している現状を知りました。


VBACの前提条件であるダブルセット一つを取っても、周産期センターレベルのマンパワーを備えた施設で無い限り不可能というのが、ガイドラインの趣旨でしょうが、日本では開業医でも帝王切開が出来る施設であれば可能と判断されてしまう。


実際に裁判でもこの点に関しては違法性が問われなかったですから。
そういったガイドラインそのものにもグレーゾーンが多い医療では、どうしても患者の不振感というのは起こってしまいますから、やはりそうしたガイドラインの確立や、ADR、無過失補償などの実現を本気で行なわなくては医師のリスクもなかなか減らないというのが現状かも知れませんね。

それと医師の労働条件の改善には分娩施設のセンター化が最も効果的なのかも知れませんが、僻地医療の現状を考えると、これが返って逆効果になり緊急対応ができなかったりする事など、かなりの一長一短があるんだろうなぁと素人考えをしております。

Posted by: ベル | 2006.03.05 at 06:29 PM

 こんにちは。お邪魔します。

 なんだか警察の勇み足逮捕が増えているようで、何か逮捕拘留を増やすことが目標になっているのではないかという気さえします。
 ここに政府が何をしようとしているのかが、隠されているのでは、と思うのは、考えすぎでしょうか。
 検察の調査が肝腎なので、是非とも世人が納得できるよう、しっかりと検討して欲しいものです。
 でも、僕には、今回の事件はよくわかりません。また、調べてみます。
 
 心情的には、「汚職した政治家は死刑である」としたレーニンを強く支持しますが、その審議が非常に難しいと思います。
 しかし、判断を留保してもらえないと「本当のことが言えない」のは、確かにその通りなのですが、それは、教育の場での考え方なのであって、本人がどう考えようが周りが許さないなら、罰則の対象になるのが社会規範でしょう。
 もちろん、主観的な理由と客観的な判断が食い違ったままで、死刑となって良いのだろうか。逆に当人も納得したときに、死刑にする価値がはたしてあるのだろうか。そんな話はあるでしょう。

 医療過誤を社会構造的な病理として考えるとき、例えば医師の過重労働であるとか、患者の理解不足などの根本的な原因があるわけで、この過誤(事故)状況を改革していくことが、片輪としての急務だと思います。
 そのために判断停止を与えるのは、必要なことかもしれません。事件の大半が裁判沙汰にならずに済むように思います。ただ、これは、賠償システムに裏打ちされていないと、医師側の担保にはならないし、患者側は納得できない。医療水準や倫理規範としてのグレーゾーンも確保できない。
 なんだか、雑感になりました。 
 
 
 
 
 
  

Posted by: トチロー | 2006.03.06 at 09:06 AM

これまで、医師が逮捕されても、組織としての抗議はなかったと思いますが、今回は、多くの団体が、抗議と支援を表明しているようです。やはり、逮捕されても仕方がない件と、不当だと抗議するべき件は、きちんと分けないといけないですよね。

神奈川県産科婦人科医会
http://www.kaog.jp/20060306top.htm

福島県産婦人科医会:加藤克彦先生を支える会
http://www.f-medical.com/faog/oshirase/katodoc.html

Posted by: オーナー | 2006.03.06 at 11:28 PM

どうして1年以上も前のことが、今頃出てくるのだろうと不可解です。
出産はその先の期待が大きいだけに、それが叶わなかったときの
ショックが大きいと言うことでしょうか。
私も第一子を、ほんのちょっとしたタイミングの悪さで、出産時に亡くしていますので(それも都内の有数の病院で)、そのショックの大きさは分かるような気がします。
次の子を妊娠するまで、一種の心神喪失状態でした。
私の場合はその後2人のこどもを授かることができましたが、
出産時はとても神経質になりました。

つくづく思うことは、先生もおっしゃっているように、医療の不確実性ということを、もっと一般に浸透させる必要があるということです。
特に当事者である医療者が、もっとこのことを声を大にして言う必要があるのではないでしょうか。
まだまだ医師は万能だと思っている患者さんも多いように見受けられますが、この責任の一端は医療者にもあるように感じています。
生意気に聞こえたらゴメンナサイ。

Posted by: yuko-heur | 2006.03.14 at 08:59 AM

産婦人科医、小児科医の不足と医療崩壊について:
 現役の先生方には全くご苦労様です。また、避けがたいような事例で裁判沙汰になっている現状は、まさに医療の崩壊に及ぶものかも知れません。 話が少し変わり恐縮ですが、こうした状況を打破するためには、大学医学部の受験制度を変えるべきと私は考えます。つまり、大学入学時に産婦人科や小児科の定員を決めて入試を行うべきでしょう(当然卒後もその道に進むべく)。入学後に成績などによっては多少は他科への変更を許可するような制度もがあって良いかもしれません。 こうでもしないと、婦人科医や小児科医は日本では絶滅するのでは?。新卒の医師でこれらの科を選択する人が少ないことは、すでに報道済みです。これ以上過労死の医師を出さないためにも、制度の改革が必要と考えます。

Posted by: Hiro | 2006.03.27 at 11:46 PM

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