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アンビバレンス

エイズ学会で熊本に来ていた花井十伍さんが、ラボに遊びに来てくれた。同じ年だし、なんとなく通じるものがあったのだが、今回、ずいぶん遅くまで二人でいろいろ話して、考え方や気になっていることが、いろいろ似ていることがわかり、嬉しかった。たとえば、「脳は心を作るのか?」という点で、前野隆司さんの本をとても気にしていたことや、最後は、「超ひも」に魂があるという落ちまで、盛り上がれるとは思わなかった。(この点では、友人のトナカイさんに感謝!)

鈴木さんの書いた花井さんの記事
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/kyousei/sasaeru/20051004ik02.htm

しかし、彼との会話には、養老先生、高久先生、矢崎先生など、学生時代に直接お世話になった先生がたくさん登場する。狭い世界だ。

花井さん自身が、以前、「患者のための医療」という雑誌の記事に書いてくれたように、血友病でHIVに感染した患者さんほど、医療・薬の「功」「罪」の両方を知り、アンビバレントな状況にいる人たちはいないと思う。薬害の被害者が、単なる被害者であれば、医者や製薬企業を責めるだけで済んでしまうが、血友病は、一生、凝固製剤が必要だし、HIV/AIDSでは、数年に一度は、新薬に乗り換えないと、命が永らえず、危険とわかっていても、命がけの人体実験を自ら行わなければならない。おまけに、場合によれば、自分の病気に責任があると思える会社の開発した薬を飲まざるを得ないこともある。自己が引き裂かれそうになるだろうことは、容易に想像できる。だから、心や意識の問題に、興味を持つという面もあるんだろうなあ。

薬害の話は、最近の一番の話題のタミフルや、イレッサにも及んだが、会社側の販売や、医者の使い方の問題点は数々あっても、薬を単に殺すのはよくない、と考える点では、共通していたようだ。それもやはり、自分のアンビバレンスは実存的だという彼の意見だと考えると、説得力があると思う。

そういえば、脳の話に戻って、恥ずかしながら押井守って、知らなかったのだが、人間機械論と、ノスタルジックな身体性・精神性回帰論?を、簡単に例えるのに、押井守の「イノセンス」と、宮崎駿の「ハウルの動く城」が良いというのは、なかなか良さそうです。今度、授業で使わせてもらいますね。

しかしなあ・・・生きる意味を考えることは、めんどくさいよぉ・・・(^_^;)

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Comments

さすらいのギター弾きKAN先生から「トナカイさんが登場してるよ」とメールが届き、アクセスしてみたら、おおおおお。ちょっとお役に立ったようで光栄です。超ひも理論は、科学と哲学とを結びつける1つの方法論になるという予感がします。

今年は身体と精神の関連性を実感する1年でした(年取ったってことかなぁ~)。喜びとか悲しみといった感情も、極端に単純化すれば、脳(や、おそらくは他の身体部分も)の物理的・化学的状態として定義できるかもしれない。生命を1つの系として捉えるなら、それが内臓や免疫系に影響を及ぼさないと考えるほうがむしろ不自然に思えます。

なかなか直接お会いできる機会がありませんが、またこんな話題で盛り上がれるのを楽しみにしています~。

Posted by: トナカイ | 2005.12.19 at 06:58 PM

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